祭り | イベント: 祭り | 文字数: 3027 | コメント: 4

総務課のメデューサ

総務課長になったとき、どんな事件に直面しても驚かないでいようと思った。だけどまさか、部下が頭から蛇を生やして会社に来るなんて。  ある朝、オフィスに入るなり男が喚く声が聞こえてきた。 「君は会社にコスプレをしに来てるのかい!?」  声の主は法務を担当する秋津だ。  詰問されているのは労務担当の荊原。昨年入社したばかりの若い女性だが、派手な服を着ているわけではない。白いブラウスに紫のロングスカート。黒い髪に黒いカチューシャをしていて、顔の両側に長いおさげを下げている。そこで違和感を覚えた。  先週の金曜日に会ったときには、肩までのボブカットで、おさげなどなかった。休みのうちに伸びたにしては長すぎる。コスプレというにはささやかすぎる装飾だが、と思ったときに、おさげがゆっくりと持ち上がるのを見た。  まるで、木にぶら下がった蛇が首をもたげるかのように。  黒いおさげ髪がこちらを向いて、目を開いた。  蛇だ。  激しい言い合いになった。 「なんで蛇をオフィスに持ち込むんだ!」と秋津が怒り、荊原がひたすら「説明させてください」と懇願し、私は「落ち着いて!」と繰り返す。  すると叫んだ。荊原が。 「いまわたしうでがないんです!」  秋津がびくりと身を固める。 「うで?」 「ほら!」荊原が勢いよく身体をねじる。振り回されたブラウスの袖がふにゃりと空を切る。空っぽなのだ。 「あなた義腕は?」  荊原は入社前に自動車事故で両腕を切断する大けがを負い、以来、義腕をつけて生活している。  すると荊原の頭の右側に下がっていた蛇が首をもたげ、私がかけている知性化眼鏡のレンズにニュースが表示された。あの蛇は通信にも使えるのか、と思いながらニュースを読む。 『義腕メーカー千寿社が製造した義腕に不具合が見つかった問題で、デジタル大臣が、AI法に基づき、義腕ユーザーに義腕の使用を即時中止するよう命令しました。大臣は、義腕に内臓されたAIが致命的な事故を起こすことを防止するためのやむを得ない措置と説明していますが、義腕ユーザーからは生活が困難になる。義腕交換のための猶予期間が欲しいといった声が出ています』 「替えの腕は?」  眼鏡に別の記事が表示される。 『国は国内外の義腕メーカーに代替用の義腕の提供を求めていますが、提供開始まで少なくとも2週間はかかると予想されています』 「そ、それと蛇に何の関係が?」と秋津。  私は眼鏡のレンズに写るニュースを半透明化させて、秋津の顔が見えるようにする。秋津の眼鏡にはまだ記事が写っていて、私からは彼の目が見えない。 「腕替わりです。これしかありませんでした」 「蛇が腕替わり?」  荊原は答える代わりに、机の上のペットボトルに向けて蛇を伸ばした。  よく見ると、蛇は太い毛糸に見えるような繊維で編み込まれている。あみぐるみの一種と言っても良いだろうか。荊原の左腕ならぬ左蛇がペットボトルに巻き付く。右蛇がキャップを噛んで器用に回した。開いた。 「おおー」思わず拍手をしてしまう。  秋津は固まっている。さては蛇が苦手だな? 「このカチューシャが脳波を拾って、蛇を動かすんです。これがないと」  荊原が声を震わせながら言う。 「何にもできないんです。ご容赦いただけないでしょうか」  彼女が頭を下げ、空っぽの袖とおさげの蛇が床に向かって垂れる。  私は秋津を見た。  わかってるよね? 「わかりました……」  不承不承、彼は頷いた。  それから4日後の夜、秋津が青ざめた顔で声をかけてくる。 「リモートワークさせていただけませんか」  定時過ぎのオフィスにはもうほとんど人がいない。休憩スペースの照明に照らされた秋津の顔は少しやつれて見える。 「まだ蛇を使うんですよね、彼女」 「義腕の調達が遅れているみたいでね」 「もう耐えられません」  この4日間、秋津は極力、荊原と顔を合わせないようにしていたようだが、それにも限度があるようだ。 「社長になんて言う……?」  秋津は答えられなかった。 「秋津さん。実は昨日、社長に聞いてみたのよ。業務効率の改善のために秋津さんか荊原さんをリモートワークさせていいですか、って。『原則は100%出社』だってさ。『どうしてもというなら、生産性が向上するエビデンスを出せ』って」  秋津には残念だろうが、荊原は今のところ問題なく勤務を続けている。秋津もだ。2人の生産性に問題がない以上、リモートワークの許可を求める理由が乏しい。かくなる上は秋津の生産性が“減ったことにする”か……? 「蛇以外のってないんですかね」  秋津がぼやくと、彼の背後から声が聞こえた。 「もっと酷いのならありますよ」  秋津の背後から、噂の人が顔を出す。  しまった、いたのか。  荊原は言う。 「『蛇頭』じゃなくて『ヒトデ』っていうのもあるんです。おさげの先に白い手袋をした人の手がぶら下がってると思ってください。それで出かけるとどうなると思います?」  どうなるんだろう。 「すれ違う人がみんなぎょっとするんですよ、子供も、大人も。みーんな私を見るんです」 「蛇も同じじゃない?」 「蛇なら使わないときはおさげにしか見えないですし、使うときもコスプレだと思ってくれるんですよね」  よせばいいのに、荊原がおさげの蛇を上下に動かす。お辞儀をさせたつもりだろうか。秋津が小さな悲鳴を上げ、荊原がため息をつく。 「秋津さんには申し訳ないんですけども、これしか手がないです」 「……本当は僕も、これで手打ちにしたい」と秋津。  秋津はよっぽど蛇を見たくないのだろう。自分の眼鏡に何かを表示して視界を遮っている。 「あっ」  ひらめいた。   「今、何がどう見えているんですか?」  荊原が不安そうな声で言う。  私は設定変更をした眼鏡をかけ直して、荊原を見る。レンズ越しに荊原の顔が見える。おさげも見える。ただしその先っちょは『眼鏡のレンズに投影されたてるてる坊主の絵』に隠されて見えない。荊原が動くとてるてる坊主がおさげの先を隠すように動く。 「ばっちり。蛇は隠れて見えない」  知性化眼鏡に内蔵された『画像をオーバレイする機能』を使って、荊原の蛇を隠すようにしてみたのだ。  秋津が明るい声で言う。 「これなら問題ないです」  それを聞いて、荊原が改めて頭を下げた。 「課長、ご迷惑をおかけしました。おかげで助かりました」 「頭なんか下げないで。あなたは何にも悪くないんだから」  そもそも、不具合を起こした義腕メーカーと、リモートワークを認めてくれない社長が悪いのだ。 「おかげで面白い使い道も思いついたし」 「えっ、どんな使い道ですか」 「内緒」 「気になるじゃないですか」 「言えませんー」  言えるわけがない。『社長の顔にへのへのもへじを重ねて表示してやる』なんて。 「いじわるー」と荊原が言い、秋津も笑う。  2人とも普段の調子を取り戻せたようだ。本当に良かった。こういう日があるから、総務課を辞められないのだ。 ------ 使用キーワード:大人、ゆっくり、AI法、へのへのもへじ、蛇(巳もOK)

コメント

ヒヒヒ
- 2025-02-15 16:40

腕替わりの、蛇!
何それ欲しい。キーボードを打ちながらポテチつまめるってことですよね。欲しい!
なんて想像が膨らむくらい、身近に感じられるお話でした。
なかまくらさんではないでしょうか。

茶屋
- 2025-02-10 23:41

>カラカラス卿です。むむぅ、面白かったです。ファンタジーと未来的な要素が交じり合って、落ちも違和感なくストンと読めました。
これ書いたの誰でしょう? けにおさん票使ったしなぁ……。保留にしておきます。

けにを
- 2025-02-03 08:03

面白い発想。
未来感も出ているし。
蛇頭は下手な腕よりも、多くの仕事をしてくれそうだ!
上司をへのへのもへじに変えると、思わず吹き出しそう。

さて、予想はうーん。

この発想は。

あとは笑いのセンスから、すると、茶屋さんかなー?

なかまくら
- 2025-01-27 22:19

・・・やられた。これは私が書きたかった! そういうやつですよ! これはっ!
なんという社会性ファンタジー! 紛れ込む非日常! 唸りました! 唸りを上げましたね! ブオンブオン!
あっ、・・・ごほん。これは、大変面白かったです。お気に入り登録機能が欲しいのです。
作者さんは、これは、ヒヒヒさんと予想します。
PN:はたらかないサイドン