日常 | 文字数: 511 | コメント: 0

ハッピーエンドは記憶の彼方

 白詰草の時期が来るたび思い出すことがある。
 あのおじさんは、どこの誰ともつかぬ初めて会ったおじさんは、白い花で冠を作ったり指輪を作ったりするのが上手だった。
「女の子にしてあげればいいのに」
 おじさんは、そのころのぼくには読み取れない表情で、笑った。
 曙によく似た夕暮れが来て、もう帰りな、と言われて、僕はおじさんと、おじさんが作った花飾りを置いて家に帰った。
 洗おうと思った手から、草と花のにおいがした。
 ひとつくらいもらっておけばよかったかもしれない。
 ぼくはきっとあのおじさんと『気が合って』しまったのだろう。
 たぶん二度と会えない、名前も知らないあのおじさんと。

 おとなになって要らないことを色々知った。
 おじさんがおじさんの立場で女の子と遊んでいるのはまずいことだとか。
 それでもこどもと遊びたかったおじさんの気持ちとか。
 花飾りなんてすぐに枯れてしまうこととか。
 おじさんが、もうどこにもいないこととか。
 野原に出て、花冠を編んでみようと思ったけれど、僕にはどうにもきれいに作ることが出来なかった。
 おとながひとりですることでもないな、と思った。

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