モグラとチビ
不完全な燃焼による、油臭い煙に包まれた汽車の中、ゴーグルをつけた少年が対面を見て不機嫌そうに声を上げた。
「モギュ……モギュ」
「おーい、チビ。よくこんなクセェ場所で飯食えんな。そろそろ到着だ。マスクの準備しとけ」
声はややしわがれていたが、それは紛れもなく少年の声。見れば対面に座る『チビ』と呼ばれた相手も身長は110センチほどもなく少女であった。
車内にいる人間は皆、分厚い防護服を着ておりすでにマスクを付けている者達も一定数存在していた。チビと呼ばれた少女も例外ではなく防護服を着ており、その特徴的な腰まで伸びた白髪には油膜のような不思議な光沢があった。
「……ムギュ」
チビは加えていたネズミのから揚げを骨ごと飲み込んでゆっくりとマスクを被る。それを見た少年も自分のマスクを被った。呼気の部分が長く、固いゴムで固定するそれは彼等にとっての命綱だ。二人がマスクを被ってしばらくすると警笛が鳴り響き、乱暴なブレーキが掛けられた。
『駅』と呼ばれるこの場所にあるのはレールと夥しい量の防壁、そして巨大弩だけだ。
少年が灰色の煙を出し続ける先頭車両へ向かいロッカーに番号を入力する。ロッカーが開き大きなディスプレイのついたデバイスを取り出す。
表示されている細かな指示を確認したモグラの袖をチビが引っ張る。
「ムギャ?」
チビが少年に質問のトーンで話しかける。組み立て式のボウガンを取り出した少年は質問の意図を理解した。
「燃料10tにKL系統の資材が6tだ。この汽車にそれだけ集めりゃ帰れる。食料は20日分。足りなきゃ全員ここに捨てられる」
「レゥ」
チビは頷き、先頭車両から外へ飛び出した。落ち葉の代わりに細かな硝子のようなものが敷き詰めれた危険な地面の感触。
ここは『水晶の森』。彼等はこの場所へ食い扶持を稼ぐために訪れたのだ。
「よう、モグラ。お前また来たのか。少し前に来たの水晶林で見たって聞いたがな。今回のナビゲートは俺だ、よろしくな」
背の低い二人へひょろりとした高身長の男性が話しかける。ゴーグルとマスクでその表情は見えないが声音は穏やかで、敵対すると言う感じではない。
男は少年を『モグラ』と呼んだ。『モグラ』と『チビ』、一回の採掘で命を落とすことの多い子供達の中で生き残っている二人は大人達の興味を引く存在だった。
「……俺達のこと調べてんのかよ」
「お前等が目だつから酒の肴になってんのさ。特にそこのチビ助は珍しい髪色をしてっからな。おまけに……」
「ムキャ?」
チビは汽車後部にある外付けの運搬用の棚から身の丈ほどのツルハシを取り出して防護服の背中に背負っていた。
重量は20kg以上はあるそれはチビと言われる少女が持てるはずのないものだが、チビは軽々と背負っている。
「その子は目立つだろ。一体何者なんだ?」
「ほっとけよおっさん。俺達はポイントマンとして採掘団に役立っているはずだ」
「そうだな。早く帰って嫁にいいもん食わせたいから頑張ってくれや」
「……行くぞ、チビ」
「レゥレゥ」
二人は慣れた様子でレールにトロッコを乗せる。他のポイントマンも指示に従い、トロッコを起動させていた。たくさんあるポケットから薄紫の結晶を取り出して、活動機に入れると鈍い音を立ててベルトが回りトロッコが動き始めた。生き物の気配のない鉱石でできた森へ二人は入っていく。森の中は硬質な物が擦れる耳障りな音と爆発音が交互に不快な音を奏でている。
レールが終わると二人はトロッコを降りて、爆破跡を辿るように森のさらに奥へ進む。
「結晶濃度が高いな……」
モグラがデバイスからケーブルを伸ばしてマスクにある通信機に取りつけて通信を始める。
『着いたか? 活動不能のロボットがあるから向かってくれ。採掘場所周辺の蟲除けも見てくれ』
「わかった。チビ、警戒態勢」
「レゥ」
チビがツルハシを背から取り出して肩に担ぐ。
二人が進むと水晶の巨木を爆破してトロッコにその破片を乗せているロボットを見つける。その脇には数体のロボットが倒れていた。
周辺には断続的な音を出す『蟲除け』と呼ばれるコンテナが起動している。音による振動が大気の細かな結晶を震わせていた。
「見つけた……」
近づいて、破損の状態を調べる。
『どうだ?』
「……蟲にやられてる。これはパーツの交換じゃ無理だ。鋭利な断面、溶解液じゃないから。クワガタかカマキリ……いや、それにしては蟲除けは機能している。機動力のある相手……」
「バゥ!」
チビが叫ぶ。モグラが視線を追うと、体長3メートルほどの巨大なトンボが『蟲除け』の振動の外から二人を見ていた。
「トンボか……しかもオニヤンマ」
『オニヤンマ……ちょっと待ってろ。おいおい、一匹しとめれば大量の資材になるぞ、できるだけ体液を保持した状態でしとめろ』
「無理言うな。タイマンでやれっかよ、駅に戻って迎撃だ」
『そりゃそうか。健闘を祈る』
『蟲』と呼ばれる異形の化け物は結晶の森に住む、唯一の生命体だ。鉱石でできた体を持ちその体には晶液と呼ばれる体液を持つ。
昌液はこの森の鉱石化した木々に様々な性質を与え、人類その恩恵で今日まで存続してきた。特に樹々を『採掘』して得れる破片の中には昌液を特定の条件で使う事でエネルギーとなるものがある。人類がこの危険な森に採掘団を派遣する理由がそれだった。
「チビ、トロッコに戻るぞ。オニヤンマから目を離すな」
ボウガンに蟲ピンと呼ばれる矢を装填しながら向いたはロボットから離れる。
「レゥ……ムギュ!?」
「チッ、消えたか。作戦変更っ! もう一度視認できるまで蟲除けを盾にする」
「レゥ」
上空へいたはずのオニヤンマがいない。トロッコまでの距離は200mほど。大気を震わせる蟲除けに身を寄せる。デバイスを待機モードにして、戦闘に意識を集中。
振動は人体にも有害だが、死ぬよりはましだ。蟲除けに身を寄せるのはモグラだけで、チビは少し離れた場所から周囲を見渡す。一分、二分と時間が進む。
このままトロッコへ走りだしたい衝動を必死に抑えて、敵の様子を探る。
「バゥ!」
「でかしたっ!」
チビが木々の間から一瞬だけ見えたオニヤンマを再度補足。先程より近づいていた。
狙いはこちら。今度は見逃さない様に注意しながらトロッコへ走りだす。モグラ達が蟲除けから離れたのを確認したオニヤンマが重力を無視した起動で近づく。モグラが蟲ピンをボウガンから発射するが、当たるわけもない。
「一発いくらすると思ってんだよ! クッソ!」
高速で動く翅はあまりに早すぎて、ストロボ効果によりゆっくりと見える。あの翅で蟲除けから離れたロボットを切断したのだ。
その翅がモグラの胴を切断しようとした時、間にチビが割って入る。
「バゥ! ミャアアアアアアアアア!」
甲高い音が響く。
「チビっ!」
ツルハシで翅を防ぎ、先端をひっかけてそのままトンボの背に乗る。
「無茶しやがって……」
再度ピンを装填。チビはツルハシを持ったまま暴れまわる背中に片手でしがみついている。激しく動きの中でそのマスクとゴーグルが取れた。
結晶の森に充満するミクロサイズの結晶を含んだ大気は一呼吸で人の肺をズタズタに切り裂く。しかし、長い白髪を露わにしたチビは未だしがみついていた。
モグラもそのことに疑問を持ってはいない。そして、ボウガンを構える。
「バゥ!」
「あぁ、いつでもいいぜ」
少女がその翅を掴み、力任せに引き裂く。落下を始めるトンボの背に渾身のツルハシを叩きこんだ。
体液が飛び散り、日光に反射してキラキラと輝く。その様子はまるで彼女の髪の光沢のようだった。
「ドンピシャ」
その輝きに合わせて引き金がひかれ、ピンがトンボに突き刺さった。
……モグラが落下したトンボに近づくと、すでに食事は始まっていた。目を赤く染めたチビが牙を鉱石の体を持つトンボに突き立てて体液をすすっている。
もちろん昌液は人体には有害だ。水銀をそのまま飲むよりも悲惨な死に方をする。しかし、チビはそうはならない。マスクが脱げ、露わになったその顔の額からは蝶のような触覚が確認できた。
「蟲ににとってはネズミよりもごちそうか」
待機モードにしたデバイスではその独白を伝えることはない。周囲にもポイントマンがいないことを確認してモグラはしばし、チビの『食事』を見守った。
食事が終わると、トンボをトロッコに担ぎこみ。デバイスを再起動させる。
「通信。トンボを仕留めた。体液は流れ出たが、まだ大分残っている」
『そりゃすごい。こっちでも駅を襲ってきたムカデを仕留めた。ロボの補充がすめば予定よりも早く帰還できるだろうよ』
「……そうか」
通信を切る。満足そうにお腹を押さえるチビの頭を手袋越しに撫でた後、マスクを被せた。
「触覚は引っ込めとけよ。それと、人間の飯もしっかり食っとけ」
「レゥ!」
元気な返事を受けてモグラは頷く。二人を乗せたトロッコは重量過多で異音を奏でつつ、駅へとゆっくり進んでいった。
コメント
ヒヒヒ - 2025-02-15 16:46
人智の及ばぬ異郷と、そこに住む異形の生物。
過酷な生活、謎を秘めたバディ。
作者さん大好物なんやろなあと思いながら読みました。
私も好きです。ヒヒヒさんか茶屋さんじゃないでしょうか。
茶屋 - 2025-02-10 23:43
>カラカラス卿です。
誤字発見! ですが、このディストピア的な世界観いいですね。チビとモグラがどうやって出会ったのか気になります。
茶屋さん三作……そろそろここいらでよそうに入れたいけど、どこかヒヒヒさんかなかまくらさんの要素もあるっぽい。
なかまくら - 2025-01-26 15:02
モグラとか、チビとか、どことなく、あさのあつこさんの「No.6」を彷彿とさせるネーミングでした。
世界観は、オープンワールドのゲームのダンジョンに潜っていくようなワクワク感で、それぞれのアイテムも、 『蟲』からの蟲ピンなど、こだわりをもって、作られている感じが、
読者の集中力を損なわないように配慮されていて、巧みさを感じました。こういうのを書かれる方は何人かいるなー、と思いながら読み進めていくと、
異形のバディものでしたか。これは悩ましいところ。キーリが好きだった気がするヒヒヒさんのような気がしています。
PN;はたらかないサイドン
けにを - 2025-01-22 07:58
ウーン🤔
こいつは、おそらく、あの方だろうな。この躍動感ある描写の狩りをする感じは、奴隷から、の作者さんじゃないかな?一旦、予想はそうしよう。