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無一物―川っぷちの物語

 机上の本の中に、無一物という言葉が出てきた。いい年をして、ことばを知らない私だからさっそく調べてみる。 そうか、むいちもつと読むのね。本来無一物・・・  私はキカンボウだったのだろうか。幼いころ母にこっぴどく叱られた。 小学生に上がるころだったのだろうか。6歳くらいか。 怒ると怖い母親が、カンカンになって「お前なんか出ていけ!」と言うから、 幼い私はしかたなく、あの縁側のある家から出て行こうとした。 すると母は「お前の服も私のだから置いていけ!」と怒鳴る。 私は迷わず、服を脱いでそのまま出て行こうとする。あの頃は素っ裸なんて全然恥ずかしくなかったから。 すると母はビックリして私の手を引っ張って止めるではないか。 わたしは「な~んだ、おとなってこんなものかぁ」と思ったような気がする。 母は私が川に飛び込んで死んじゃうんじゃないかと思ったという。    思いもかけず、あの昭和30年代が思い起こされて、不覚にも涙ぐんでしまった。 母も若かったし、私もあまりにも幼かった。

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