ホワイトデー
さて、今日3月14日がなんの日だか、みなさん分るだろうか。 そう『ホワイトデー』だ。 バレンタインの日に、女性からチョコをもらった男性がそのお返しとして、何かをする日。 チョコのお返しはチョコ、という人もいれば、レストランを予約したり、ホテルを予約したりと、チョコよりも甘いお返しをする人もいるだろう。 そんな甘すぎて歯に沁みそうなお返しを、リア充が色んな意味で“やっている”中、ここにも一人、甘酸っぱいお返しを模索する男の子がいた。 先月の2月14日。部活が終わり家に帰ると、玄関の前で幼馴染の村井ひろ子が倉木健太のことを待っていた。 昔はよく遊んだが、今は周りの友達にからかわれるのを恐れ、遊ばなくなった。 たまにスーパーで見かけるも無視され、何か嫌われることでもしたのか心配になったりもした。 そんな村井ひろ子から、チョコをもらった。 少し言い合いにはなったが、村井ひろ子の前でチョコを食べ、口の中が幸せで充満した。 別れの言葉を言って、玄関の前で村井ひろ子の背中を見続けていた。見えなくなったら、家に入ろう、そう決めた瞬間、村井ひろ子が振り返り、目が合った。 すると「じゃあね!」と手を振ったので、倉木健太もそれに応じた。 その瞬間から、とある1つのことを先日まで倉木健太を悩ませていた。 お返しは何がいいのだろう? リビングにある、家族兼用のパソコンを起動させる。 母はキッチンで料理の支度中だったため、調べるのなら今しかなかった。 ネットを開き『ホワイトデー』と検索した。 出てくるのは、アクセサリーやブランド物のファッションとか、中学生のお小遣いでは手が出せないものばかり。 食べ物はどうか調べてみると、好意のある人にはキャンディー。友達として好きな人にはクッキー。嫌いな相手にはマシュマロ。と、色々書かれてあり、これといって渡したいものが決まらなかった。 キャンディーは、沢山あげても食べるのに時間がかかる。 クッキーは、1枚だと寂しいし、箱ごと渡すと、村井ひろ子個人に渡した感がなくなり、最終的には家族みんなで食べることが予想される。 マシュマロの意味を知ってはいないと思うが、もし知っていたらと思うと、渡せない。 そうやって悩んでいると「ご飯できたよう!」とリビングに料理を運んでくる母。急いでネットを閉じようと、右上のバツ印を押し、母が好きな絵画が表示されたデスクトップが映し出され、これだと確信する。 「何見てたの?」と訊いてくる母に「YouTube」と答え「運ぶの手伝うよ」と付け加えた。 「ケンが手伝いするなんて、珍しい」 料理が揃う頃に父も帰って来て、母が部屋にいる妹を呼びに行き、4人でテーブルを囲み、夕食にする。 2月の最終日にお小遣いをもらい、母親のいない隙に、ネットでチケットを予約する。 そして3月14日。 部活が終わり、いつもだと友達とだらだらと喋りながら帰る倉木健太であったが、今日は「家の用事あるから」と嘘を吐き、走って帰る。鞄の中にはチケットが入っていた。 村井ひろ子の家を通り、カーテン越しではあったが部屋の明かりが点いていることを確認し、少し落ち込む。 早く帰ったのも、村井ひろ子が帰って来るのを待つことであったため、家にいると呼び出しづらい。 家には当然のことながら、親はいるであろう。けど、インターホンを押して親に呼んでもらうのは、なんか恥ずかしい。たぶんこの羞恥心は、昔一緒に遊んでいたころにはなかった感情だろう。 だから、近くに転がっていた小さい石を手に取り、部屋の窓に向かって軽く投げる。 3回目でカーテンが開き、倉木健太のことを確認すると、窓が開き「何?」と訊かれ「ちょっと降りて来いよ」と手招きする。 玄関のドアが開き、村井ひろ子が現れる。 現れる早々「窓割れたらどうすんの?」と怒ってくるため「呼ぶために仕方ないじゃん」と答える。 「インターホンを押して呼べば済む話でしょう」 「親出るじゃん」 「幼馴染なんだから、別に恥ずかしがることないのに」 「うるせぇな」 「それでなんで私を呼んだの?」 いよいよ本題に入った。 背負っていた鞄から、長方形の紙袋を取り出し「これやるよ」と、恥じらいを隠すために、ぶっきらぼうに渡した。 「何これ?」そう言うと、村井ひろ子は袋を開け中身を見る。「水族館のチケット?」 倉木健太が見たデスクトップの絵画は、母の好きなラッセンの絵画で、イルカが海から跳ね上がっている絵画だった。それを見た瞬間、水族館が浮かんだ。 「バレンタインのお返し」 「ああ、そういうこと。ありがとう。でもどうして2枚」 「友達と行けよ。中学生が1人で行けないだろう」 「分かった。友達と行ってくる」 「じゃあ、ちゃんと返したからな」 本当の気持ちを殺し、倉木健太は走ってその場を去った。 次の日、倉木健太が家を出ると、玄関の前で村井ひろ子がぽつねんと立っていた。 「どうした、こんなところで」 「ケンが出て来るの待ってた」 「いなかったらどうすんだよ。ずっと待ってるのか?遅刻するぞ」 「部屋にいるの見えたから」 「ストーカーかよ」と少し笑い「それで何?」と訊ねる。 「昨日、あれから誰と水族館行こうか考えたんだけど、やっぱり・・・」村井ひろ子がポケットから1枚の長方形の紙を取り出す。昨日渡した水族館のチケットだ。 「ケンと一緒に行きたい、と思って。久々に、今度の土曜日、遊ぼう?」 倉木健太は嬉しい気持ちを押し殺し「おう!」と、そっけなく答え、久しぶりに一緒に登校した。 まだ風は冷たいが、2人の空間だけは、ほんの少し、温かかった。
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