旧祭り | 文字数: 497 | コメント: 0

月がきれいだ

 夢を見た。
 老いた私は、親指に載せた小さな指輪を弾いて、おもちゃのクワガタのハサミにハメようと、企んでいた。
 狙いを定めて、勢いよく弾く。指輪は回転しながら弧を描き、クワガタのハサミの先端に……、
乾いた音を立ててぶつかると、弾かれて右の方に弧を描いて飛んで行く。その先には……、
 病院のベッドをリクライニングさせて、今まさに、妻が食べようとしていたヨーグルトの中に、ポチャリ。
「あら、まぁ、素敵なトッピング」
「そんなトッピングがありますか」
「ありますよ。洋一が宇宙に行く頃には、きっと」
 洋一は、彼女がまだ若い頃、交通事故で死んだ。宇宙飛行士になるのが夢だった。
 妻は、非常に気丈な女性で、私はまだ、みっつの涙しか見たことがない。もちろん、そのひとつが、洋一だ。
「きっと、洋一が、あなたの好きな世界へ、連れて行ってくれますよ」
 ボケが、彼女に幸せを見せてくれている。悪い事ばかりではないのかもしれない。

 目を覚まし、窓を開ける。月がきれいだ。ともに見上げる者などいなくても。こちらの都合など構わずに。
 月はきれいなのだからしょうがない。

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