クワガタのトッピングあります
俺は冷やし中華を食べるつもりだった。
* * *
「えっと…よくわからないんだが、店員さん。これは冷やし中華だよね?」
給仕してくれたウェイトレスの少女に、持ってきてくれた冷やし中華を指差して見せた。ツヤすら感じるのどごしの良さそうな中華麺、キレイにカッティングされたみずみずしいきゅうりやトマトなどの野菜たち、中華麺たちの島を浮かべるツユの海。そして、そんな島の上に遊び心のように乗せられている半分に切ったゆで卵。そこまでは良い。夏の定番の光景だ。美味しそうだ。
「でもね、いくら遊び心だとしても、中華麺の島に昆虫のお友だちが上陸しているのは気になって仕方がないんだけど。」
この冷やし中華、元気の良さそうな1匹のクワガタが乗っかっている。
「……こちら、トッピングです。」
少女は顔色ひとつ変えずに言い放った。その笑顔は鍛え上げられたような営業スマイル。なるほど、プロだな。いやプロじゃなくてだね。
「……ナマモノみたいだけど。歩こうとしてるし。」
「…しばしご鑑賞ください。」
この子、若いわりに肝が座っている。面倒を避けたいのか、それともそういう性格なのか、はたまた本当にトッピングなのか……。
「いや、そんな場合じゃないんだ。放っておくと中華麺に到達しちゃうよ。まだゆで卵の上だから、このまま彼をゆで卵ごと移動させてもいいかな?」
「どうぞ、ごゆっくり。」
まったく表情を変えない少女。
まあでも、確かに言う通りだな。慌てて動かして彼を刺激すると、飛び回ってしまうかもしれない。そうすると被害は想定できないレベルまで広がるだろう。
ゆっくりと、ゆで卵を移動させる。
皿から離すと、なにやら一緒に食事するペットのようで愛着が湧いてきた。
ゆで卵を食っているわけではないが、気に入った様子でずっとその上で佇んでいる。
しかし卵がないと少し冷やし中華としては物足りない気がする。
「すみません、替えのゆで卵ありますか?」
「替えのゆで卵ですね。少々お待ちください。」
店員の少女は丁寧にお辞儀をして厨房に入る。
これで俺も満足のいく冷やし中華を堪能できるだろう。
「お待たせいたしました。」
持ってこられたゆで卵には、クワガタ二号が堂々と佇んでいた。
「お前たち……本当にトッピングだったのか。」
「念のため申し上げますと、飾りですのでくれぐれもお口に入れませぬよう。」
「…あぁ、モチロンさ。こんなかわいいクワガタたちを食べられるわけがないだろう?ところで店員さん、このクワガタは持ち帰ることはできるかい?」
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