日常 | 文字数: 625 | コメント: 0

五十七階から見える月

長らく降り続いた雨が止んだ。
敢えて電気は点けない。月明かりのみが部屋を照らす。


こういった静かな夜にはクラッシックが似合う、と君はしなやかな仕草でCDを入れ換えた。
そして、耳をすましてやっと聞こえる程度に音量を調整する。

ラックからビンテージワインを取り出し、栓を抜いてグラスへと注ぐ。
君は終始優美であった。「独りの時間」の過ごし方をよくわかっているようだ。



君は、もこもこの靴下を重ね履きして、もう一枚上着を羽織ってベランダに出た。
窓をあけると、さざ波の音が僅かに聞こえる。
このところずっと雨だったので、明るい夜に新鮮さを感じているのだろう。
風を柔らかく吸い込んで、深呼吸。

月は殆ど真上にある。君はそれを見上げていた。そして暫くして、首がいたいと擦っていた。

君は知っているかな。
夜が長いぶん、冬の月は長く空に滞在する。高度も高くなる。
真夏の太陽と同じだね。違いを云えば、月はそれでも満ちて欠ける。


君は高層マンションの五十七階に住んでいる。
辺りは、海のようだ。水面がすぐそこまで上がってきていた。
本当は、電気なんて来ない。食料だって尽きていた。
そうだね、世の中には君の想像の範疇を超える出来事というものが、ある。




水平線。船はない。
水面に映え、滲んで揺れる月を、君はじっと見詰めていた。




2014.1.25

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