日常 | 文字数: 2587 | コメント: 4

好きと嫌いの帰る家

いきなりなんだけど、みんなには好きなものってある?わたしにもね、あるんだ。好きなもの。

 その日はいつも通り、二人とも家にカバンを置いてキャプテンの家に集まった。お小遣いを貯めて買った探検セットを身に着けて準備はバッチリ。双眼鏡のレンズを拭いているとキャプテンがニコニコした顔でわたしに地図を握らせた。
「あんこ!大地!今日の任務はゴーズン一族の秘宝、ムーンストーンを探すことだ!」
 キャプテンの声はよく響く。まるでライブ会場にいるような気分になるその声は、いつもわたしに勇気と元気をくれる!
「はい!キャプテン!ほら、行くよ!大地」
「……おう」
 外へ出るとポカポカと暖かかった。じんわりと伝わる春の陽気が少し厚手のベストの上から私を抱きしめる。少しだけ緩めた後、頬をパン!と叩いて大地の手を引っ張った。

 わたしの名前は、アコ。みんなにはアッコって呼ばれてる。でも、キャプテンと大地だけはあんこって呼んでくれる。なぜかって言うと、わたしの付けてほしかったあだ名が、このあんこだから。誰がアッコって呼び始めたかは、もう覚えてない。でも、一人が言い出すともう手遅れ。私のあだ名はアッコになっちゃったんだ。
 大地とは図書館でお気に入りの冒険小説を読んでる時に出会った。二人ともお気に入りの本で、好きなシーンとかキャラとか語ってるうちにすぐ仲良しになっちゃった。キャプテンとも、そのあとにね。お腹が少し出てる近所のおじさんだと思ったけど、なんと元冒険家だったんだ!それからは、色んな遊びを教えてもらってる。わたしもいずれ、同じ道を進むからね。その時は、大地を助手にしてね。

 手元の地図を見ながら、わたし達は探索を始めた。お宝のヒントになりそうなものはすぐにメモ。珍しい植物や生き物を見つけたらスーパーで買ったインスタントカメラで写真を撮った。近所のおばちゃんはそんなわたしを見て奇妙な物を見る目を一瞬だけするが、すぐに笑顔になって挨拶をくれる。
「大地!何か見つかった?!」
 今回のお宝は中々見つからない。いつもなら完全に見つからなくても、欠片とか跡とかは出てくる。そろそろそんな時間のはずなのだ。初めての任務失敗か?
「大地?」
「あのさ、アコ」
 アコ。確かにそう呼ばれた。まるで魔法にかけられたみたいに身体に緊張が走る。額に嫌な汗が流れ、視線は周囲の景色から大地へと集中する。
「ほんとにその地図とか宝を信じてるのか?」
 こんなことを言われたのは初めてだった。けれど何が言いたいのかはわかった。でも、わかりたくないことだった。絶対に。
「当たり前じゃん。大地だって好きなんでしょ?この前だって、二人で恐竜の牙を見つけたじゃん」
「あれが本物の牙だって思ってるわけ?」
「……みんなみんな嘘だって言いたいの?」
「もうやめようぜ。そういうの。宝とかUMAとかオーパーツとかバカみたい」
 わたしは大声を出した。
「あんたがそんなやつだったなんて!宝はあるよ!きっと、これから出てくるから。ネッシーもビッグフットも黄金ジェットも水晶ドクロもみんな本物だよ!バカなんかじゃない!」
 喉が痛くなるほど叫ぶ。けれど止まらなかった「あんたみたいに夢のないやつ大嫌い!」と言ってその場を走り去った。
 さっきまでの楽しかった景色は、もう視界には入らない。気分は最悪だった。

 気付けば、キャプテンの家に戻っていた。家の中に入ると、キャプテンは分厚い本がぎっしり詰まった本棚を掃除しながら「おかえり」と笑顔で振り返る。しかし、すぐに一人なこと、そしてわたしが怖い顔をしていたのだろう。真面目な顔で、でも優しい顔で「何かあったのか?」と聞いてきた。
 わたしはさっきまでの話を全て話していた。怒りで滅茶苦茶だったと思う。出されたココアを飲むと少し落ち着いて、今度はゆっくりと話す。
 思えば、今日の大地は少し変だった。学校にいた時からなんだか怒った様子で、昨日の特番「緊急捜索!幻の古代文明デモニカは実在した!」で隊長がサソリに刺されて心配だって話したら鼻で笑ってた。
 話終えると胸が少し軽くなった。キャプテンもそれを感じたのか、「大丈夫か?」と言って、頷くと話始めた。
「確かに、そういったオカルトがバカらしく感じる気持ちもわかる」
「キャプテンまでそんなこと言うの?」
「でもね、あんこの気持ちもよくわかるんだ。特にワシの仕事は夢を追うことだったからね……笑われたさ。今日のあんこみたいに。だからもういっそ、嫌いになれば楽になれる。そう思って、夢を一度は捨てた。だから、大地の気持ちもわかるんだ」
 そこまで話すと「よいしょ」と言って腰を上げたキャプテンが部屋の奥から半月型の石を持って来た。
「今日のお宝は覚えてるか?」
「ゴーズン一族のムーンストーンでしょ?……もしかしてそれが?!」
「いや、これはその半分。今日見つけてもらう分を合わせれば完成するんだよ」
 「手、出して」と言われて広げると、ムーンストーンをほいと置いた。ずっしりと重量があるそれをびっくりして落っことしそうになり、慌てて片手を添える。
「仲直りして、宝も見つけてこい」
「でも、もう嫌われちゃっただろうから……」
「好きな気持ちは、そうそう無くなるもんじゃないと思うぞ。ほら、行ってこい。大地もきっと探してる」

 再び外へ出ると、空は真っ赤になっていた。もうすぐで帰る時間。わたしは、家の前の階段に座った。手の中の石を指の腹で触りながら大地も誰かにバカにされたのかな?とか、さっきは怒りすぎたな。とか考えて色んな感情でぐちゃぐちゃになる。わたしは、一言ボソッと呟いた。
「寂しいよ。今は嫌いでもいいから、また好きになって帰ってきてよ」
 その時だった。「あんこー!見つけたんだ!」と誰かがわたしの名前を呼びながら、すごい勢いで向こうから走ってきた。手には半月型の石。わたしも手を振りながら近づいていく。
 次、いつ好きから離れるかはわからない。もしかしてそれは、わたし自身なのかもしれない。けれど、わたしは信じている。このムーンストーンのように、いつかは元の形に戻れる日が必ず来ることを。

コメント

なかまくら - 2025-04-01 07:52

キャプテン! 素敵な大人ですね。
こういう大人に導かれていけば、2人は大丈夫なのかも。
きっと、いつかは離れる時が来て、だけど、その後にもう一度本当に夢を追いかける意味が分かる日が来るのかもしれませんね。
いまは、夢を追う練習をしているんだろうなあと、思ったりして、微笑ましく読ませてもらいました。
面白かったです。

ヒヒヒ - 2025-03-30 21:16

綺麗でまっすぐなお話だと思いました。
私たちの周りにはいろいろなものがあって、
それは輝いて見えたり、色あせて見えたりする。
あんこと大地はこれから、そんな経験をたくさんするんだろうなあ、と思いました。

月菜海なこ - 2025-03-30 01:10

けにをさん、コメントありがとうございます!
イマジネーション!は大事にしていたいですよね〜。

けにを - 2025-03-29 08:33

素晴らしい作品。

夢や冒険心を忘れたらアカン!

夢や希望を忘れたら、その瞬間からピーターパンになれなくなる。
不思議な国のアリスにはなれなくなる。ダンプティダンプティに会えなくなる。
ガンダムにも乗れなくなる。シャアが操縦する赤いズゴックとは戦えなくなる。

現実や過去は確かだけど、それだけでは人生はつまらない、もっと理想を、もっと想像を。現実を超えた夢のあるファンタジックな創造力を!

世間は言うだろう、社会は嘲笑するだろう。しかし、大人のそういった常識や現実という魔法の言葉に騙されてはダメだ。

もちろん否定はしない。それらは確かで真っ当だ。生きていくにら必要な知識だけど、それだけのもの。至極当たり前で、単なるやっつけ仕事。面白みもない、朝晩の歯磨きのようなもの。家に帰って手洗いして、バイキンを除去するだけの事。だから何だ?だからどうした?まったく楽しくない。

磨かなくては虫歯になる。手洗いしないとばい菌が体内に入る。なので、磨け!なので洗え!ただ、それだけの事。そんなこと分かっとるわい!

我々、作家ぐらいは、いつまでも夢を見て、ワクワクした世界をドキドキしながら歩みましょう!

そうそう、まだ汚れをしらない瞳がキラキラと輝く✨子供のように!

そう感じさせられた作品でした。