恋愛 | 文字数: 1314 | コメント: 0

叶えられない、この思い

夏だ。 暑い日差しの中、丘の上のベンチに腰掛けている。隣にある大木が作る影のおかげで、やんわりと涼しい。 ふわ、と柑橘の爽やかな香りがした。あぁ、今日もいるのか。 「アナタ、いつもここに来るわね。暇なの?」 滑るような足取りでやってくる、白いワンピースの少女。麦わら帽子とサンダルも履いていて、すでに夏を満喫している。 「君こそ。いつもここにいるじゃないか。暇なのか?」 からかうように尋ねれば、頬をふくらませてこちらを睨んでくる。いつも通りのやり取りだ。 「暇なのよ。どうせ、アナタもそうでしょ。ここのベンチに好んで座るのなんて、アナタくらいだわ。」 ふんっと鼻を鳴らし、なぜか僕の隣に腰を下ろす。年頃の娘は、よくわからない。そもそも女の子というものがよくわからない。まぁ、今更考えても遅いけれど。 「好奇心が旺盛だと言ってほしいな。そんなことり君、友達いないの?ここに一緒に来てくれる子とかさ。そしたら、丘のふもとにある公園で遊べば暇じゃないだろ。僕もここで1人景色を眺められてバンザイだ。」 「そうしたいのは山々だけど、私友達いないのよ。」 彼女を見れば、ほんの少し、寂しそうな顔をしていた。珍しいこともあるものだ。なんだか悪いことをしてしまった気がして、僕はそっと少女の肩に触れた。 「...ロリコンって叫ぶわよ。」 「ひどいな!慰めようとしたのに。」 なんだ。元気じゃないか。そっと肩から手を離そうとすると、彼女が僕の手をぎゅっと握った。 「バカね。離していいなんて言ってないわ。もう少し、慰めてなさいよ。友達のいない可哀想な女の子を。」 ムッとした顔で見られるけれど、耳の先が少し赤い。思わず笑いそうになるけれど、それだと彼女の勇気が無駄になる気がして、必死にこらえた。 今更、こんなことできるなんてね。 「昔の僕なら考えられなかったよ。」 ぽつりと呟いた言葉に反応し、彼女が僕を見上げる。 「ほんとバカね。今のアナタも、きっと昔と変わってないわ。」 口を開けば、バカね。バカね。って、いつも笑われる。君には適わないよ。 数秒見つめあった後、彼女は僕の腕を掴んでぐいっと引き寄せた。彼女を抱き寄せたような体勢になる。 別に、嫌ではなかった。困惑もしなかった。ただ僕は、そのまま彼女を抱きしめた。 もう遅いのに。 叶えられないこの思いに、僕は胸を痛めた。 「あら、あのこまたあそこに座ってるわ。」 「ほんとね。」 ベンチの近くを通りかかった奥様方が、彼を見つけた。 「あのこも物好きよね〜。首吊り事件のあった大木の下でぼーっとするなんて。」 「あら吉田さん、知らないの?」 「なにが?」 「......あの子の幼馴染なのよ。亡くなった子。すごく仲が良かったんですって。顔は覚えてないけれど、可愛らしい女の子だったわ。」 「あら。そうだったの...。気の毒ね。」 「バカね。」 クスクスと笑う彼女の横顔を知っている人間は、きっともう、僕しかいない。

コメント

コメントはまだありません。