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龍馬の最後

慶応3年11月15日(1867年12月10日) 

 京・近江屋

「寒いな」
 近江屋の二階の一室で火鉢に当たりながら坂本龍馬は言う。
「そうだな」
 中岡慎太郎は近江屋の主人に出された握り飯を口にしながら頷いた。
「しかし、まあ、忙しいそうだな」
 龍馬は火鉢に棒を突く。
「忙しい?当たり前だ。お前が提案した船中八作を現実にさせる為に各藩の調整で猫の手も借りたいぞ」
 慎太郎は茶を飲む。
「そうか」
 龍馬は火鉢の火が赤く広がるのを見ると慎太郎の握り飯を取る。
「大事な時期に風邪をひいたとか仮病を使ってこの近江屋に篭って」
「大体の事はやり尽くしたからな」
 龍馬は握り飯を二つに割り、片方を口にする。
「やり尽くした?」
「そうだ。俺の出番はもうない」
「出番?」
「そう。下地は大体作ったからな」
「下地だと。しかし今後の御政道はお前の力が必要だぞ」
「俺には向かないよ」
 龍馬は首を振る。
「俺の御政道はこの日本を二つに割る戦を起さない事」
「戦か」
「もし日本で幕府と雄藩連合が戦争を始めて長引けば外国が諸手を上げて食らいついてくるだろう」
「そうだな」
 慎太郎は残りの握り飯に手を進める。
「帝を中心として同等の力をもった幕府と雄藩が戦ではなく議会で御政道を決める。それが俺の御政道だよ。その為に俺達は走った」
 幕府が一方的な力を持たない様に雄藩を結束させ、対等な議会にさせる。
 竜馬はもう片方の握り飯を口にする。
「作るのは簡単だ。それを維持していくほど俺は根性がない」
「ただ、めんどくさいだけだろう」
 慎太郎は握り飯を持ったまま頷く。
 龍馬はフンと笑った。
「まあ、本音を言えばそうだな。興味がない。それより俺はもっとやりたい夢がある」
「やりたいこと?」
 龍馬は棒で火鉢を突く。
「海援隊を使ってもっとこの国を豊かなにしたい」
「今、やってるじゃないか?」
「もっとだ」
「富を集め。この国を外国に負けない国する」
「......で本当は」
 慎太郎は握り飯を口にする。
「本当?」
「普段言っている事を聞かされてもな」
「......」
 龍馬は黙り込み、やがて頬を赤くする。
「外国ではドレスと言う綺麗な服があるんだ」
「ほう」
「それをおりょうに着させてド派手な結納をしたい」
「そうか」
「そしてド派手な船を買って世界を一周するんだ」
「それは大層な夢だな」
 慎太郎はニヤと笑う。
「ああ、大層な夢だろ」
 龍馬もニヤリする。
 二人は笑う。
「バカバカしい夢だ」
「バカバカしい夢でいいんだよ。それ位が丁度いい。血を流さない夢。それが一番いいんだよ」
 笑い声の中にガタと音が聞こえた。
「一階から?」
 慎太郎と龍馬は笑うのをやめる。ガタガタと階段が鳴る。
「ほたえな!(騒ぐな)」
 龍馬が怒鳴る同時にふすまが開いた。
「坂本竜馬覚悟!」
 刀を構えた男が二人いた。
「だれだ!」
 龍馬は横に置いてある刀を持った。しかしそれより早く刀が飛んで来た。
「!!」
 頭に熱い物が暴れる。
 それからまたどこかが斬られた。
「ぐう」
 龍馬は叫んだ。
「お前ら」
 慎太郎も叫んだがすぐに悲鳴になる。
「もうよい。いくぞ」
 男が声が聞こえ二人は消えた。
「頭が」
 龍馬が呟く。
「龍馬生きてるか?」
「分からん」
「俺もわからん。兎に角、助けを呼ぶ」
「そうだな」
 以外に冷静だなと龍馬は思った。痛みもない。ただ眠たいだけだ。
 暖かい感触が頭に伝わる。おりょうの膝。
 おりょうに膝枕をしてもらっている。
「おりょう」
「はい」
 おりょうの声が聞こえる。眠い。これから眠る。起きたら船に乗って世界を旅しよう。一緒に。それが俺の夢だから。

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