小さな指輪
朝市の雰囲気は特別だ。朝の空気は湿気を孕み、独特の臭いがする。
露店のあちこちで威勢の良い声があがり、決して多くはないが少なくもない人々の喧噪が鼓膜を叩く。
僕はそれがたまらなく好きなのだ。
月の第三土曜日に朝市はある。
店が開く時間には決まりがあり、この時期だと七時頃だろうか。
今日は少し寝坊して七時半ごろについた、朝市の出入りにある神社でお参りをする。
入れるのは五円玉だ。良い縁があるようにと、五円を投げる。いささか高く投げてしまったが、
心が跳ねているのだから仕方ない。
神様にはご勘弁願おうか。
さて、神社を出て見て回ろうか。パチモンの時計屋の横に野菜が並びその横に盆栽がある。
なんともまぁ、統一感がない。とりあえずキュウリの漬物を丸々一本串に刺したものを買う。30円だった。
いささか塩味がキツイが歯ごたえがいい。よく見るお兄さんの木彫り細工の露店の前を通りかかる。
今回は気味の悪いお面をつけた子供の像だった。売れるなんて思ってないのか、帽子を目深にかぶり折り畳みイスに深く座り寝ていた。
正直少し欲しいが、置く場所に困るので今日はスルーしようか。
適当な絵や手作りアクセサリーにお手製のパッチワークなど色々あって面白い。
クワガタ虫の蛹なんて売ってあり買おうかとも思ったが高かったのであきらめた。
さて左の列は全部みたのかクルッと回って右の列を見てみようか。
いや左の列の最後の露店があるな、手前の古本屋が出張っていて見えてなかった。
さて、何屋さんかな?
覗いてみると紙細工の露店のようだ。
折り紙だろうか、複雑に折られた動物やチラシを組み合わせて作ったペン入れなどがある。怪獣みたいなものもあって結構おもしろい。
「ぜーんぶ100円だよ」
売り子はおばあちゃんだった。前歯がないニカっとした笑顔がチャーミングだ。
「やぁ、おはようございます。力作揃いだ」
「ボケ防止さ、ひ孫にお小遣いをあげたくってね」
「じゃあ、なにか買わないとね。ペン入れをもらおうかね」
「はいよ、100万円」
「安いね、はい100万円」
と言って100円玉を出す。紙でできたペン入れはしっかり組んであり思ったよりかなり丈夫なようだ。
「気前がいいじゃないか。ほい、おまけだよ」
そう言っておばあちゃんが手を差し出してきた、渡されたのはこれまた紙でできた小さな、輪っか?
「なにこれ?」
「良縁(円)があるようにってね」
「アッハッハ、洒落てるね」
無くしそうだったので右手の人差し指にわっかを通す、第一関節で止まってしまう。
おばあちゃんに見せると、無言でウィンクされた。
さて、周り右して右の列をみようかね。小さな指輪はつけたままで。
邪魔じゃないかって?心が跳ねているのだからしょうがない。
ご勘弁願おうか。
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