夢
荒廃した世界にわたしはいた。
その中を、わたしはただ彷徨い歩いているのだが、歩いている間にも自分の身体が枯れていくのがわかった。
わたしは死ぬために今歩いているのだと自覚しながら、ただ引きずるように足を踏み出す。
だんだんと身体の力が抜けていく。ひゅうひゅうと喉の奥から異様な音がした。肺の腐った音だ。身体が毒に蝕まれていく。身体中から血が滲んできた。痛みはない。
わたしは、立ち止まった。崖っぷちにわたしはいた。震えるような喜びに身を包み、それから一度涙して、足を踏み出した。数秒で身体が地に叩きつけられ、鈍い音と共に、骨や肉が潰れる。やはり痛みはない。
ようやく自由になれた。わたしは、『生』を手放した。
そこで、目が覚めた。ひどい夢だった。
こんなにも穏やかな日常を送っているのに、なぜ残酷な夢を見るのか。不思議でたまらない。大変住みよいこの世界が、滅亡するなんてありえない。これから、もっと便利になっていくであろうこの世界。
さぁ、今日も素晴らしい一日が始まる。わたしは、悠々と家の扉を開けた。
目が覚めた。何とも、現実離れした夢だ。あんな平和な日常など、とうの昔に消失したと言うのに。
あの頃を思い出した所で、何も変わらない。この荒んだ世界から、逃れる事なんて不可能なのだ。滅びたこの空虚な世界に取り残されたわたしが、辿り着く先は死のみ。あとは、死ぬのに相応しい場所を探すだけ。
そうこうしている間に、大きくも枯れた老木が見えてきた。わたしは手にしていた縄紐を、足のつかない位置にある太枝へ引っ掛けると、首を吊った。頸部が圧迫されて、呼吸が出来ない。脳への血液が阻害され、視界がブラックアウトしてくる。苦しみはない。
ようやく自由になれた。わたしは、『生』を手放した。
目が覚めた。何と悲痛な夢だろうか。思い出すのにも気が引けるほどの夢だった。まるで世界が崩壊したような夢。こんなにも発展した世界で、あんな非現実的な事が起きるはずがない。馬鹿げた夢を見たものだ。
さぁ、今日はこの世界を祝う盛大なパーティーだ。忙しくも、楽しい一日の始まりだ。わたしは、思いを馳せながら、家の扉を開け放った。
目が覚めた。わたしは、息を吐くと苦虫を噛み潰したような笑みを浮かべた。このような絶望的な世界に置かれても、なお希望を絵に描いたような夢を見る。手に入るはずもない妄想を浮かべた所で、虚しいだけなのに。あたりには、朽ちた死体が無数に転がっている。珍しくも何ともない。
もはや生き残っているのは、わたしだけかもしれない。それはひどく憂鬱な事だ。あぁ、だれか早くわたしを殺してくれまいか。
けれども、そうしてくれる『人』がもういない。この世界には、わたしを殺す人間すらも。ならば、もうこうするしか方法はない。
わたしは、集めた枯れ木を盛大なまでに燃やした。さようなら。この世界。煌々と輝く炎の中へとわたしは飛び込んだ。皮膚が焦げる臭いがした。髪の焼ける臭いがした。肉が香ばしく焼けていく。喉の奥に焼けた火箸を突っ込まれたように熱い。眼球が、耳が、手が溶けていく。悔いはない。
ようやく自由になれた。わたしは、『生』を手放した。
目が覚めた。いつになったら、わたしは本当に目覚めるのか。どうかこの悪夢から解き放ってくれ。もう懲り懲りだ。こんな無慈悲な夢を見せられたら、せっかくの幸福な日常が最悪なものとなってしまう。
この頃のわたしは、どうも変だ。おかしな夢ばかり見る。破滅した世界で、死を求める夢。それが、やけにリアルで終いには、どちらが現実のものなのかすらも、曖昧になる。頭痛がする。今日は、家で休んでいたほうが良さそうだ。窓を少しだけ開けて、ベッドへ横になればきっと良くなる。夢の事も、すぐに忘れるだろう。次に見る夢が、この世界と等しく、どうか平和でありますように。
それにしても、微かに感じるこのすえた臭いは気のせいだろうか。
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