鎖された駅
ある程度の利用者数が見込まれる、いわゆる「駅」にシャッターが降り通路が閉ざされることを20の夏まで宮間は知らずに生きてきた。
誰かが入り込んで事故が起きてはならないから。管理する側の社会人も帰宅するから。営業時間外であるから。
少し考えれば当たり前のことだがそれまでずっと考えたことが無かった。
宮間にとって駅は入り口であり出口であり、口とは開放されたものだったから。
だから、すぐそこのビルのワンフロアを占める居酒屋で行われていた気の抜けた同窓会が酔っぱらい組と介抱組とに分かれ、酔っぱらい組の無事撤収が済んだ後で介抱組のささやかなおつかれさま乾杯と称したコンビニ飲料による水分補給がなされた後に、じゃあな――と声を掛けあって別れ終えるまで、駅が口を鎖していることに全く気付かなかったのだ。
閉ざされたシャッターは古く所々赤茶けた部分も見せている。
どう見てもガラガラとかザザザ、と音を立てて降ろされただろうに宮間は何も聞こえてはこなかったよな、と思ったものだった。
そしてとても奇妙に感じた。
ここには鎖された駅と宮間しかない。
「さっきまで」
出してみた声は上擦っているようにも感じられる。
「あんなに大勢いて、うっさかったのに」
シャッターの外だから声は響いたりせず至って普通だ。
「変な感じ」
だからこそ断裂を感じさせられる。まるで駅に拒否されているかのようなこの感覚。
人が中にいないからこそ閉じられている空間が何か生き物めいて思える。
にゅるり、ぬらり、と動くのが本来のモノがシャッターや壁などの仕切りでどうにか区切られ鎖されているような、気がつけばそこにあった違和感だった。
不意にバサリと羽音がし、宮間は我に返る。
この辺りでは比較的大きめの蛾が常夜灯に寄ってきたようだ。
ぱらぱらと落ちる燐粉を目にして反射的に身体が後ずさった。あれは痒い。
さあて、と宮間は首を傾けて自転車置き場の自分のチャリを確かめる。
帰るぞ、と呟いて踵を返す。
そしてふと思い出し、ああ、と無意識に呟き足を止め鎖された駅を振り返る。
「じゃあ」
明後日には映画に行く約束がある。3つ隣の駅での待ち合わせを思い浮かべる。
「またな」
折りしも軽く吹いた夜風がシャッターの表面を撫ぜ、小さくガシャリと音を立てた。
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