日常 | 文字数: 1253 | コメント: 0

幸せな日常

空を見れば、憎らしい程の快晴だ。 私は大きく息を吸い、吐き出す。 特に意味はないその行動だが、彼女は気になったらしい。 「大丈夫?」 そう問いかける。振り向けば、心配そうな顔で私を見る見慣れた少女の姿があった。 「大丈夫って何が?」 「いや、溜め息ついたから、何かあったのかなーって」 「何もないよ。単に深呼吸しただけ」 「ならいいけど」 彼女は心配性だ。それはよく思う。 例えば、私が料理をしようと包丁を握れば心配そうに見つめてくるし、テレビで悲劇的なドキュメンタリーがあれば、チャンネルを変えようと騒ぎ出す。 まあ、その原因が私にあるのは否定しないが。 「ねえ、今日は何処行くの?」 「晴れているし、山にでも行こうかな。一緒に町の景色でも見てゆっくりしよう。君もそれでいいだろう?」 「いいね。もしかして、山ってあそこ?」 そう言って、指を指したのは近所にある小さな山。前にも一緒に行った事があり、その時も一緒に景色を見た。 「そう。まあ、お金も無いしね。定番の散歩コースだよ」 「いいんじゃない?私、散歩好きだよ」 そう言って、彼女は上機嫌に笑った。 私は、そんな彼女の笑顔が好きだ。だから、彼女が笑って、つい顔がほころぶ。 心配性で、たまにうざったくも感じるが、それでも彼女がいとおしい。 「あら、こんにちは」 その時、聞き覚えのある声が聞こえた。そちらに視線を向けると、確か、近所に住んでいるおばさんだ。 買い物帰りか、手にはエコバッグが二つ。 「こんにちは。買い物帰りですか?」 「ええ。息子が最近食べ盛りで、量が増えて大変よ」 おばさんは聞いてもないのに、愚痴を話す。そうなると長くなりそうなので、話を無理矢理にでも切り上げてしまおうと思った。 「私は、山に散歩に行きます。天気もいいですし、今なら夕方にも帰れますしね」 「あらそうなの。気を付けてね」 「ええ、では」 そう言って、私はさっさと通りすぎていく。彼女はあのおばさんは苦手なのか、先程までの饒舌とは違い、黙ってしまった。 大丈夫だよ、一緒に‥‥ 「あ、そうそう」 その時、おばさんは思い出した様に言う。 「あの、彼女さんの事だけど‥‥」 「大丈夫ですよ」 遮る。その言葉だけは、言わせない。 「大丈夫です。お気遣い無く」 目を見つめ、おばさんに言う。おばさんの顔は何故か蒼白になり、慌てて去っていく。 笑顔のつもりだったのだが、気にくわなかったらしい。 「大丈夫?」 心配性な彼女は訊ねる。 「大丈夫だよ、さあ、景色を見に行こう」 そうして、歩き出す。差し出した手は彼女の手を握り、二人で並んで歩き出す。 彼女はいるのだ。亡くなってなんかいないのだ。 ずーっと、私の隣で、彼女は笑って、私を心配して、そこにいるのだ。 私は、ずっと、彼女と人生を歩んでいく。 それが本当は幻で、存在していないとしても。 それが、私の幸せなのだから。

コメント

コメントはまだありません。