機械の墓場でつかまえて
悪い夢を見ていた。✕✕様がどこか遠くへ行く夢を。いいや、私にそんな機能はない。ないはず。だからきっと気のせいなのだ。
機動すると私はいつもの✕✕様の家ではなく、大量のアンドロイドのいる墓場にいた。腕が外れコードの垂れ下がったもの、頭部の半壊したもの、中にはただひたすらに自らの型式を淡々と読み上げるだけのものもいた。私はそんな彼らを踏み、どこまでも続くこの墓場を歩き続けた。時々、降りしきる雨で滑った。まるで、同胞たちが私の足を掴むように。ぶつけると聞こえる嫌な電子音は私のものなのか、足元にいる彼らのものなのかを考え、首元から見える型式に安堵する。私よりも低品質のアンドロイドだと。
「私は✕✕様の為に作られた愛玩用アンドロイド タイプCHS-2253-Rです」
いつだったか、初めて✕✕様と会った日を思い出す。製造時にプログラムされた自己紹介、振る舞い、全て完璧だった。あとはこの人を不快にさせないようにすればいい。しかし、私は✕✕様を何度も不快にさせてきた。でも、✕✕様は最後にはいつも「仲直り」と笑顔で手を握ってくれ、その度に私の中に名前のない何かが入ってくるのが伝わってきた。もっとこれを感じていたい。そう思うようになった頃、✕✕様が私に名前を付けてくれた。型式ではない、名前を。あれは確か……
かなり歩いただろうか。私は未だに機械の墓場を彷徨っていた。人の住む場所も見えてこない。マップも壊れたのか検索できず、この辺一帯が真っ黒になっている。✕✕様の家も検索するが、そこも同じだった。
その時、私の中からバッテリー切れを知らせるアナウンスが聞こえてきた。「キケン!コウカンセヨ!コウカンセヨ!」とブーグー急かされるが、どうすることもできなかった。途端に立つこともできなくなり、私は同胞たちに抱かれるように倒れた。
✕✕様……名前も忘れた主とその方に付けてもらった私の名前、次に目覚めた時には何を忘れるのだろう。✕✕様とはもう会えないのだろうか?いいや、きっとあの人は来てくれる。新しいバッテリーを持って、この機械の墓場から私を見つけて、あのいつもの家に連れ帰ってくれる。そしたら、また名前も教えてもらおう。もしかしたら、また私は✕✕様を不快にさせてしまうかもしれない。でもきっと最後には、この手を……もう感覚もないこの手を握って「仲直り」と言ってくれるはず。この、どこまでも広がる世界で私はそんな想像をする。
また、名前のない何かが私の中に入ってきた気がした。そうだ。この名前も教えてもらおう。
コメント
あさくら - 2025-09-09 20:41
現代人より人間らしい感じがします。行動パターンが類型化している✕✕さんのほうは人間だったのでしょうか。味わい深い物語でした。
ヒヒヒ - 2025-09-08 20:39
一途ですね。主と離れ、名前を忘れ、マップを無くしても、心にあるのはあの人のことだけ。
真っすぐで儚いです。
なかまくら - 2025-09-07 20:55
「デトロイト ビカム ヒューマン」というTVゲームを昔やったことを思い出しました。
名前のない何かを、愛情のようなものだと思って、読み進めていったのですが、最後に、捨てられたことに気付いたならば、それは憎しみなのかもしれなくて、
けれども、きっとそれには気付いていないような気がして、それがやはり、主人を思い出したことによって想起された愛情なのだとしたら、ロボットの純粋さに、心が痛みますね。
けにを - 2025-09-06 05:34
この主人公AIさんは、古くなったので、人間に捨てられちゃったのかな。
それで、AIの墓場を彷徨うことに。。。
このようなAIさんは自我があるだけに、加えて人間に可愛がられることをインプットされているだけに、悲しいですね。
あと、AIさんの中に入ってくる名前のない何か、っての正体が私には何か、分かりませんでした(TT)
このお話の重要な部分のように思うのですが。