七変化
🗡️ 一番槍「やつが再び現れたときこそが、最終決戦となるのだろうな・・・。」 生き残ったのは二人だけだった。晴馬は、身体から太い通信用のケーブルを取り外すモウフを見た。モウフの顔は、だが絶望のそれではなかった。文明の終着点を予感させるものだった。 「そうだな。そうしなければならない。」 晴馬は、そう答えた。二人は、モニターに漂うデータの残滓を、それが消えゆくまでいつまでも睨んでいた。 * 世間では、虚無主義(ニヒリズム)が流行していた。若者は寝転がり、老人も寝転がった。中間層は与えられた仕事を最低限にこなし、革新の気配は感じられなかった。 “やつ”とは、世界を裏から牛耳る黒幕のことで、我々の間では“やつ”をアポと呼ぶことにしていた。“アポ”の存在は常に巧妙に秘匿されていて、高度に発達した電脳世界が国家という枠組みを覆いつくそうとしている現在においても、各国の政治家が優先的にその存在の機密性を維持し続けていた。“やつ”の性別、国籍、その他全般が一切、謎のままであった。 集められたエージェントは晴馬を含めて初め、七人いた。かつて、侍と呼ばれた者たちも、七人の誰が欠けてもあの偉業は成し遂げられなかっただろう、とボスは演説を垂れたような、気がする。だが、初めての“アポ”との会敵で、一人が死んだ。“アポ”は、人類の進歩を逆回転させる特殊な能力を発揮した。サイボーグ化されたニックは、その技術を逆回転させられ、錆びた鉄屑に成り果てた。恐ろしい戦いだった。幾度となく追い詰められ、壊走し、組織の支援兵たちが明るい未来の灯を絶やさぬためと信じて、死んでいった。多くの犠牲を出した末に、“アポ”は圧倒的物量の攻撃と六人のエージェントの道具に頼らない肉弾戦で倒された。そして、世界は平穏を取り戻したのだ。 各国政府はまだその頃には、ある程度機能しており、連合諸国がリーダーシップをとって、巻き戻された世界を再び拡げていった。そんな折に、再び“アポ”は現れた。 * ボスに報告を終えると、晴馬とモウフは司令室をでて、ラウンジへと向かった。彼らと生き残った支援兵たちを労う祝賀会が用意されているはずだ。 「毎回、朝までイかれて踊り狂うんだぜ・・・。次もあるんだってーの。」 モウフが、そう悪態を吐き、晴馬はそれに曖昧に笑った。 「まあまあ、彼らもよくやってくれましたから」 そんな会話をしているうちに、ラウンジの扉が近づいてくる。扉の向こうからは、喝采が絶え間なく聞こえてきていた。互いを讃え合っているのだ。モウフが晴馬を尋ねるように見て、それから扉を開けた。会場中の視線が一斉にこちらを向き、モウフはひとつ聞こえないように息を吐いてから、にこやかに拍手の輪の中に入っていった。晴馬もそれに続く。 * 用意されたテーブルに着くと、用意されていた皿が一度下げられていく。人工合成された肉が流通して久しいが、この祝賀会では天然モノがふるまわれる習わしとなっている。だが、二人は既に食べられる肉体ではなくなっていた。モウフは第三の“アポ”(通称:ケミカルアポ)に対抗するために、肉体の構成元素を大きく入れ替えていた。不活性ガスをはじめとした反応性の乏しい元素に置き換えられた肉体は、通常の生命活動の範疇になかった。だが、人体を破壊するケミカル“アポ”の毒ガスが偏西風や北東貿易風といったフェレル循環やハドレー循環によって地球全土に撒き散らされる大災害に終止符を打つことになったのだ。晴馬も第六の“アポ”(通称:ウォーミング“アッポ”)との戦いにおいて、大気中の二酸化炭素濃度の急激な上昇に対抗するために、植物との交信能力(アレロパシー)を発展させたモーリッシュ通信という技術開発に成功した新人類開発研究所の被験者第一号となった。植物の光合成活動を地球全土で極大化したことによって、“アポ”の力は弱まり、撃破に至ったのだ。晴馬はすでに人間の持つ臓器の多くを摘出してしまっていた。そして、今回の第七の“アポ”は電子化された災害だった。 「モウフさん、晴馬さん、お疲れさまでした!!」 駆け寄ってくる青年は、嬉しくてたまらない、といった顔で挨拶に来た。 「おれ、二人に憧れて、支援兵になったんです! いつかはお二人みたいに、エージェントになるんで、よろしくお願いします!!」 「そうか、家族は反対しなかったのか?」 モウフがそう言い、 「家族は第四の“アポ”(ミレニアム“アポ”)の混乱に巻き込まれて死にました。」 「そうか・・・。悪かったな。」 「いえ。」 「まあ、頑張れよ。」 モウフがそう声をかけると、青年は幼さが残る顔で笑った。 「おれ、ゴーマっていいます。名前、覚えておいてくださいね!」 * 「良かったのか?」 晴馬はそう尋ね、モウフはふっと笑った。 「俺たちがいつまでも頑張れるわけじゃない。未来には希望があったほうが良いさ。」 「そうか・・・。」 晴馬は、少し考え、それを口にする。 「なあ、もし、第八の“アポ”が現れるとして、それはどんな形をしていると思う?」 “アポ”は出現する度に、その姿かたちを大きく変化させていた。だが、その形はまるで人類の文明を擬(なぞら)えるようだと思えたのだ。そして、今回の電脳“アポ”だ。 「そうだな・・・。人間がここからどうなるか、という問いに等しいな。ただ、俺は思う。次が最後ではないかって。」 モウフは、そう言った。その顔に晴馬は第七の“アポ”を倒したときのモウフの言葉を思い出していた。「やつが再び現れたときこそが、最終決戦となるのだろうな・・・。」 「あれは、どういう意味だったんだ?」 「ああ・・・人類はいま、滅びの最中にあるのだろうな。人が変化し、成長することを辞めたとき、“アポ”もその役目を終えるような、そんな気がするんだ。」 そう言って、モウフは運ばれてきた液体を不味そうに飲んだ。 「“アポ”とは、変化の中に実体がある・・・ということか。」 晴馬にとって、それは今まで世に知られていない、大発見のように感じられた。 「そんなに期待をするな。この話は既にボスにしてある。そして、この有様だ。」 晴馬たちは、戦い続けるのかもしれない。“アポ”がそのような存在であるならば、あるいはやがて、それは終わるのかもしれない。それどころか、傾きが変わった“アポ”は人を助ける存在にだってなるのかもしれない・・・。晴馬は、苦笑を浮かべて首をふった。 「淡い期待よりも、目の前にまだ残されている希望のために・・・かな。」 モウフは少し驚いたように、晴馬を見ていたが、やがて頷いた。 「そうだな・・・やれるだけ、やってみるさ。」 それは、そこで終わってしまうはずだった物語の、続きが始まりを告げる言葉だった。

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コメント
ロックマンXシリーズ、好きだったんです。
そんなことを思っていたら、生まれてきました。