日常 | 文字数: 3073 | コメント: 2
🎪 2025年〜2026年の祭り の語句 (5つ以上使用が条件)
煙草 コンドル 時間を止める 少女 怪盗 七変化

飛沫たち

『閉店のお知らせ』  ポストに入っていたそれは、セールのチラシではなかった。少し厚みのある上品な手紙には丁寧な筆致で一文字ずつ書き出された文字が並んでいた。  差出人は、もう30年来会っていない旧友だった。最後に会ったのはいつだったか。大学の鉄道模型サークルの同窓会だったかもしれない。若かりし頃、煙草を燻らせ、嘘みたいな馬鹿話をしながら酒を酌み交わした。アパートの一室には寝る場所もないほど大きな鉄道模型が組み上げられており、車庫に列車が並んでいた。線路に給電された電気が列車に流れると、コントローラーの操作に従って列車が走り出す。外周線を走る。彼の列車は内周線を走っていく。それを飽きることなく見ていた学生時代。時間を止めることができるなら、あの時がいい。私たち7人はそれぞれが就職活動なるもののために、人生というレールの保守点検に取り組むことを約束しあって別れた。私も彼も手先が器用で、同じような仕事に就くこともあったかもしれなかった。けれども、私は時計を売る側に、彼は時計を作る側になった。それから、それぞれが走らせる列車はなかなか交わることはなかった。私自身も就職した百貨店での業務に日々追われ、ほとんど住み込みのような状態だったから、35歳になる頃、同窓会でも開いて久しぶりに会おう、という連絡が来たときは、驚きと少しの躊躇いがあった。その頃には、妻も子供もいて、けれども私は、家族サービスとは程遠い働きぶりだったからだ。たまの休みまで家を空けるのか。妻のそんな声が聞こえるようだった。  お許しをもらって参加した同窓会は、楽しい時間だった。そのとき彼は実家の時計屋を継いでいる、と言っていたのか。手紙には、その構えていた店を閉店すると、書いてある。あれからさらに30年が経っているのだ。知らない人と言っても過言ではない。ただ、人生の中で一度、交わったそのレールを辿って、旧交を深めようという趣も悪くはないように思えた。幸い、彼の店舗は同じ県内にあった。少し、出かけてみるのも良いだろう。妻には断りを入れて、身なりを整えて玄関を出た。半年前に定年を迎えて退職をしてから、毎日外に出掛けることの難しさを感じていた。外に出掛ける目的がないのだ。仕事で競い合い、百貨店の売り場ごとの売り上げを競い合った仲間も、我の強い売り場の責任者たちをまとめ上げていた店長にも、連絡する理由もなく、やがてぱたりと連絡も途絶えていた。私が任されていた時計と貴金属の売り場には、大手メーカーの商品ばかりでなく、各地の工房や展示会を実際に足で巡って出会った逸品たちを取り揃えていて、その評判も良かった。鉄道での出張が多かったのも性に合っていたのだ。しかし、それももう何もかも終わってしまったことだった。  駅からほど近い場所に、彼の時計屋はあった。『時計と貴金属を扱うお店』とある。古臭い印象はなく、藍色に塗られた外装と、透明に磨かれたガラスの扉から、中の様子が伺えた。 店内に入ると暖色の間接照明に照らされた落ち着く雰囲気だった。 「いらっしゃい。」  彼だった。 「久しぶり。唐松です。」  と声をかけると、彼の目が少し開いた。 「久しぶりだ、本当に。まさか来てくれるとは思わなかった。」 「手紙をもらったから。それに、もう私は退職して、暇なじいさんなんだ。」 「そうか。お勤めご苦労様でした。ま、ま、掛けろよ。」  そう言って、椅子を勧められて、腰かける。 「珈琲でいいかな。」 頷くと彼は店の奥に消えた。店内の時計を見ると、仕事をしていたときの感覚が蘇ってきて、ついつい品定めをしてしまう。 「気に入るものがあったかい。」  彼は小さなサイドテーブルにコースターを置くと、その上にカップを丁寧に置いた。 「これは・・・?」  私が示した先には、いくつかの時計が置かれていた。どれも見たことのない時計だった。それぞれの時計はインドや北欧、和の文化的背景を感じられる文様は木製の枠(ベゼル)を丁寧に彫り込まれた意匠をしており、それは盤面を掃いていくペンシル針と見事に調和していた。例えば、翼を広げるコンドルの意匠は、その盤面にマチュピチュの天空都市を模した図案が彫り込まれ、そこに現れる積層的な都市と文字のあしらいは風防ガラスの向こうに独自の世界観を描き出していた。 「恥ずかしながら、私が作ったものなんだ。」 「私も百貨店で働いていたんだ。」  そう言うと、彼は頷いた。 「少しは分かるが、いいものが揃っている。」 「そうかい、ありがとう。」  私は、珈琲に口をつけて、それから少し押し黙った。ある思いが浮かんできたのだ。 「苦かったかな。」 「いや、そうではないんだ、そうではない。珈琲のことではないんだ。」  その珈琲はたしかに少し苦かった。けれども、それはその苦みに溶けて抽出されるようににじみ出てきた心の澱みのようなものだった。その存在を感じたのだ。 「今日、何故ここに来たんだろう、と改めて思ったんだよ。」 「ほう・・・。」 「君を見て、思った。君は良い人生を過ごしてきたんだな、と。」 「君はそうではなかったのか。」 「いいや、妻もいるし、娘も無事に巣立っていった。大きな仕事も任されたし、悪くなかったと思う。」 「良かったじゃないか、互いに脱線することもなく、ここまで無事に運行してこられたんだ。」 「そうだ。だからこそ、情けない気持ちになったんだ。」  彼が黙って続きを促すので、私は、内省をする。就職活動にぶつかった私たちはまるで、川が岩にぶつかり、飛沫のように散ったようであった。なす術もなく、私たちは分かれた。彼は己の腕を選び、私は人を活かすことを選んだ。その答え合わせがしたかったのだ。それは、彼が築き上げてきた店を見て、初めて気付いた自分の気持ちであった。 「いかに自分が成功したのかを確かめたくなったんだと思う、君と比べることで。 ともすれば、この思いはまだ店をやっていて、こだわって集めたあるいは製作した品々に囲まれ、それを披露し続けている君に対する嫉妬になっていくような感情だ。すまない、私自身、そんなつもりだとは思わなかったんだ。 ・・・けれども、迎え入れてくれた君は違った。ただ、旧友の来訪を喜んでくれた。心のありよう一つで、その出来事は変わって見えるもので、その人物や行動だって、良くも悪くも見えてしまうものだというのに、だ。君の対応は理想的な紳士の行うそれだった。だから、ますます、私の嫉妬は大きく育ってしまったのかもしれない。」  心情を吐露し続ける私に対して、彼は優しかった。  そんな彼は、私が落ち着くと、面白い話がある、と言って、棚から封筒を取り出してきた。そこには深紅の封蝋が施されており、既に割られている。彼は封筒から名刺サイズのカードを取り出す。 そこにはこう書かれている『思い出の時計、いただきます 怪盗・七変化』 「だから、まさかとは思ってね、旧知の友である君たちには、偽の葉書を送ってみたんだよ。  言われてみれば、時折、時計の置き場所が入れ替わっていたり、紛失したと思っていた時計が戻っていたことがあった・・・。それで・・・君がそうなのかい?」  彼がニヤリと笑って、そう尋ねるので、私もニヤリと笑い、こう答えた。 「いや、まさか。」  脳裏にあの頃の記憶が鮮やかに浮かんでくるような感覚があった。

コメント

👻 謎の読者 - 2026-01-31 17:10

おおっと。

再会によって露わになる「嫉妬」という本音を、鉄道の比喩で美しく描き出した作品でした。
飛沫のように散った彼らの再会に、選ばなかった人生への哀愁を感じます。最後に「怪盗」というミステリアスな余韻を残すことで、それまでの文章の真実性に疑問が浮かぶ構成が面白いです。

作者は、投稿数からすると消去法でなかまくらさんなのですが、・・・ひとまず保留でお願いします。

※おおっと。これで、全作品の感想を書き終えましたが、実は今回の感想文にはちょっとした「仕掛け」を用意してみました。 自分自身の作品にも感想を寄せているのですが、それはAIに私の書き方の癖を覚えさせて代筆させたものなのです。どの感想がAIによる擬態なのか……物語の霧に紛れた正解を、ぜひ見つけ出してみてくださいね。(AIによる偽装済)

👻 謎の読者 - 2026-01-14 11:55

力の入った作品に感じました。

鉄道模型サークルって、まさしく鉄道ファンって感じの響きがよかったです。
あと、言葉のチョイスも素敵でした。
筆致や、封蝋を割るとか、コーヒーも珈琲と書くと、味わい深く、素敵な日本語に見えますね!
煙草も吸うよりも、燻らせ(くゆらせ)の方が、たしかにカッコいいですね。
勉強になりました。

さて、話を読んでいると、時計に関する仕事に就いたお二人なので、鉄道好きと言うよりも、細かい機械仕掛けが総じてお好きなのかも知れないですね。
旧知の友人に会うのは楽しそうですね。

語句の使い方も上手で、時間を止める、なんかも自然な感じがしました。

とあまり書きすぎると、このコメントを誰が書いたのか、(少なくとも私が作者じゃないと)ばれそうなので、感想はこの辺で止めます。

さて予想。
このような味わい深い文章の書き方されるのは、ずばり「茶屋さん」に他ならないでしょう!