#天城くんの場合1
「ホントにあるのかな。」
福留さんと二人で休みを合わせて、最寄駅から始発の電車に乗った。軽量のリュックを背負い、山歩き用の動きやすい靴も用意した。ファミリー用のアパートで見つけた航空写真にある場所へ行くためだ。本線からローカル線に乗り換えてさらに奥地へと進む。途中駅で下車して、寂れたレンタカーショップで予約していた1台を借り受けて、さらに踏み分けていく。途中から獣道のようになり、車はそこに停め置いて、歩いて森を進んでいく。
「久しぶりに連絡がきたとき、ホントに嬉しかった。」
福留さんがポツリとそう言って、ぼくは思わず顔がほころぶ。
「うん、我ながら頑張ったと思う。約束だったからね。」
「約束だって言っても、無理なことだってあるじゃない。」
「ある。でも、思いのところで、無理だって決めたくなかったんだ。」
「一応、言っとく。ありがとう。」
「・・・うん。」
さらにしばらく歩くと、遠くに少し開けた場所があり、小さな池が見えた。向こう側の畔には石造りの塔があった。
「今回は石造りなんだ。」
後ろを歩く福留さんが、感想を述べる。
「まだ分からないと思う。」
何故なら、これまで見てきた塔も一見、中世に建てられたような見た目であったが、重力あるいは電磁気力的な何かが動力源となって駆動していると感じさせるものがあった。宇宙人の建造物であるとされるそれには、まだ人類が空想としている技術が封じられているはずだった。かつてそれが顕現したときの状況から、可能性は十分にあると思われた。しかし、遺跡の扉を開けることには成功したが、その内部に至っても表層の古い造り以上のものは見つけられなかった。
池のこちら側は河原がなく切り立っており、その辺縁に沿って延びる獣道を歩いていく。木々が道にせり出して今にも倒れそうな状態で均衡を保っている。自然がぼくたちの行く手を阻んでいるようであった。
「もうすぐ着くよ。」
ぼくは、福留さんに、あるいは自分にそう言った。そこに辿り着けば、そこでうまく用意してきた機能が動かなければ、ぼくたちは離れ離れになるかもしれないからだ。
#福留さんの場合1
コンドルが上空を飛んでいるのが似合いそうな、そんな塔だった。
「もうすぐ着くよ。」
と、天城くんが言うので、私は足元に集中することにした。木の根が不規則に地面から浮き上がっていたし、岩もゴロゴロしていた。安定している足場を選んで歩みを進めていく。それでも、足が沈み込んで、逃れられない足跡が残されていく。これはやむを得なかった。
「ダイエット、手伝うよ。」
と、天城くんが冗談めかして言うので、私は頬を膨らませて抗議の意を示した。
私が天城くんと出会ったのは高校3年生の秋のことだ。高1、高2と同じクラスだったそうだが、私はどちらかといえばイケイケな女子高生であったから、イケイケじゃない天城くんとは関わる機会がなかった。天城くんとは、高3の秋の文化祭の劇で知り合った。主役については目立ちたがりの男子や女子が真っ先に手を挙げるものの、案外脇役は、決まらなかった。私は立候補した。大道具や小道具を作るよりも、そこで喋ればいいからラクだと思ったのだ。それにチョイ役で目立つこともない。その辺に生えている電柱みたいなものだ。残りの脇役を配役するときに拳(じゃんけん)で決めることになり、天城くんは同じく電柱になったのだ。
クラスの文化祭の打ち上げで私は、私に関する秘匿事項を天城くんに勘付かれてしまう。しくったかな・・・? と思った私は、すぐに母親に相談をし、場合によっては彼を始末しなければならないという助言を賜っていた。
それから数日後のある朝、下駄箱から1枚のお手紙がひらりと落ちた。『昼休みに体育館の裏に来てください。伝えたいことがあります。天城宣晴』。これは俗にいうラブレター! 夢見る少女ならば誰もが憧れるあの瞬間が! とはならず、私は人知れずいつも懐に忍ばせている小刀をセーラー服の上から握りしめた。
昼休みに体育館の裏手へ回ると、天城くんが待っていた。物陰から伺った彼の表情は、それは真剣な眼差しで少し、ドキリとするものがあった。私は何気ない風を装って、体育館の影から現れる。
「伝えたいことって何?」
私がそう言うと、天城くんは意を決したように口を開いた。
もし、人生で一度だけ時間を止めることができる力が私にあったなら、あの瞬間がいい。あのとき、彼はこう言ったのだ。「ダイエット、悩んでるなら手伝うよ」。あのとき、私は呆気にとられて、それから本当は込み上げてきた安堵感とかそういうものに身を任せるがままに大爆笑をしたかったのだけれど、私は天城くんに、あるいは自分に嘘をついた。
「ありがとう。でも悩んでないよ、大丈夫。」
私の体重が、身体の大きさに比べてずいぶんと大きいことを、天城くんは太りすぎだと思ったのだ。
#天城くんの場合2
福留さんと知り合ってから少し経った頃のことだ。高校から帰ると、玄関の前に黒い背広姿の男が立っていた。残暑の厳しい夏で、汗の滲む顔に太い黒縁の眼鏡をかけていた。男は在宅だった母とぼくに案内されてリビングのソファに腰掛ける。母がお客様用のテーカップを慣れない手つきで受け皿にガチャリと乗せる。男はそれを待って、話を始める。
「突然押しかけてしまい、申し訳ありません。実は息子さんは現在、ある国家機密に関わっています。」
聞けば、それは福留さんのことだった。福留さんのことは、文化祭の打ち上げの後に、ぼくなりに考えられる可能性をいろいろと調べてみてはいて、それが単に人よりちょっと筋肉質とか、そういう程度の質量ではないことも薄々感じていた。例えば彼女は、自分の椅子にしか決して座らなかったし、木造の旧校舎は嫌いだった。それに、プールの授業はすべて欠席だった。けれども、それは彼女の決して踏み込んでほしくない秘密だと思ったし、だからぼくは、その周りをたくさん知ることで彼女と仲良くなろうと思っていたのだ。
政府機関から来たという男は、彼女が地球人ではないと言った。彼女はボーク人という宇宙由来の生命体だと言った。ボーク人の特異な体質は来訪後にすぐさま、地球人類の知るところとなり、地球人類との契約により、20歳となる年にボーク人のみの自治区に移住することを義務付けられることになっているのだと言った。それらの言っていることを聞いているうちに、ぼくはなんだか無性に腹が立ってきたのだ。彼女が何をしたというのだ。この男が彼女の何を知っているというのだ。
「なぜ、それをぼくに教えてくれたんですか。」
ぼくがそう尋ねると、男は少し考える様子を見せ、それからこう言った。
「なぜだろうね。君のため、と言っても君は納得をしないだろう。」
ぼくは頷かなかった。
「大人には大人の思惑がある。ここで君にこれを伝えておくことがwin-winにつながるんだ、と言っておこう。」
男の目から、ぼくは何の感情も読み取ることはできなかった。その目には理性だけが輝いているように見えた。
#福留さんの場合2
ボーク人には、地球人と根本的に異なる部分がある。それは水以外のものを排出しないところにある。だから18歳を迎えるときには、平均で体重は2トンを超える。その体重は体内を巡る異次元方向の運動量をもつ細胞たちが食べることで、見た目の大きさに現れていないが、ちゃんと重いのだ。また、体外に排出されないアンモニアなどの毒素が植物の液胞のように器官に蓄えられる。地球にやってきたとき、私たちの代表は地球人類の代表と取り決めをしたという。20歳になる年に自治区として設けられた場所に移住すること。けれども、それはやむを得ないことだった。地球人類が作った文明の構造物の強度が、私たちの重量に耐えられないのだ。だから私たちは、それ以降の人生をその自治区へ移住して過ごすことを承諾した。そんな話は、幼い日の寝物語から、養父母にずっと聞かされていたことだった。そこに、天城くんがボーク人の秘密を知ってしまったという情報を聞かされたのだった。
*
ボーク人を庇護する人たちは知ってしまったのだ、その秘密を知っている人間を。私は、彼らのひそひそ話に常に気を配らないといけなくなった。同時に、私は天城くんとなるべく一緒にいる時間を増やした。天城くんもまんざらではないのか、私に連れられるままにいろいろな所へ遊びに行った。帰りに買い食いをしてみたり、ゲームセンターへ行ったり、遊園地や水族館へ行ってみたりもした。それは、私にとって大切な人に手を出すな、というメッセージのつもりだった、と思う。
#天城くんの場合3
卒業式の日に、ぼくは福留さんとあの体育館裏で待ち合わせた。卒業証書は既にもらっていて、ぼくたちはこれから大学生になる。やってきた彼女は何か思いつめた顔をしている。ぼくはあることを伝えようとしていた。それがぼくの人生の目的だと思えたから。
「天城くん、ごめんね。」
そう言って、彼女は駆け寄る。駆け寄る彼女の手には銀色に光る刃が光り、ぼくの腹に突き刺さる。「うっ・・・」と言ってみたものの、痛みはない。
「・・・なんてね。」
福留さんは、ぼくと福留さんの身体の間で、刃の引っ込む仕掛けナイフを見せてくる。
ぼくはポケットから、煙草を取り出して、火をつけてみる。煙に噎せてゴボゴボと吐き出した。
「・・・天城くん、でも、逃げて。私たちボーク人の前から、姿を消して、そして忘れ・・・って、え、何やってんの!?」
ぼくはそんな彼女の肩に手を置いて優しく離す。
「ぼくは、知っていたんだ。そして、福留さんがいま、ぼくにしてくれたことも。けれども、不思議に思うかもしれないけど、ぼくは福留さんのことを何とかしたいと思っている。それが、ぼくがやることだとも、思っている。だから、ぼくは大学で学ばなければならないと思うんだ。人間のこと、ボーク人のこと、そして、地球人類がまだ未到達の科学の領域へ。そうしたら、きっと福留さんとも、一緒に過ごせる未来がやってくると思うから。・・・煙草は、ぼくも身体の中に毒を溜めてみたら、少しは気持ちがわかるかなって思ったんだ。だから、少し、待っていてほしい。」
*
20歳になるときに一度会って、それから彼女には会わなかった。ただ、彼女は自治区へは行かなかったそうだ。失踪したのだ。そういう場合もある、という。ぼくは古今東西へ学問の翼を広げて、あらゆる学問を寝食を忘れて学んだ。そして、それを研究に費やした。見たくない人類の闇をいくつも見た。中でもボーク人の人体標本と死刑囚を使った人体実験は地球人類のおぞましさを嫌というほど、突きつけられた。中でも高密度の肉体をもつボーク人の身体を輪切りにするために超高出力のレーザーで焼き切られる様子を記録したビデオは直視できなかった。もし福留さんが、ボーク人の特性を悪用しようとする人間に捕まったら、と思うと震えが止まらなかった。そのほかにも、航空機による自治区の重力異常の蓄積データの観測結果、蓄えられた毒素を取り出し兵器として転用する方法、異次元への格納技術の生物模倣の研究。人間は知識欲のためにどこまでも理性を殺せるのだ。その果てに、ぼくは、異次元に飛び出している質量を空間中に切り出し放出する方法を見つけるに至った。ぼくは、染み付いた手つきでマッチを擦ると煙草に火をつけた。一つ大きく、息を吸い、それからインターネット上のある場所に、その合図を記録する。
それが、彼女と塔を見つけに行く約束を開始する合図だった。
コメント
おおっと。
ボーク人が抱える「重さ」の設定が、少女の孤独を暗喩しているようで、切ないですね。
>ダイエット、悩んでるなら手伝うよ
というズレたようで核心を突く優しさが、やがて異次元にまで手を伸ばす原動力になるさまは、読んでいて心が揺れました。切なくも希望を感じる物語でした。
作者は、ヒヒヒさんと予想します。
こんにちは、予想師Aです。
冒頭の掛け合いのセリフが戯曲風味でした。
また、少し古いですが、スタンドバイミーという青春映画を連想しました。作者はこれが得意な方かと思います。
また、重力や観測や運動量や異次元といった物理に関することを物語の中で出てくる。
これを書ききれるのは、物理の知識がある方とお見受けしやした。
これらを踏まえて本作の作者は・・・・ズバリ「なかまくらさん」と予想します。
これは結構、自信ありますぞ!
まずは予想のみにとどめます。