未来を描く色鉛筆
🗡️ 一番槍一、約束 七歳の誕生日に、母が買ってくれた色鉛筆は十二色入りだった。高橋誠はその箱を宝物のように抱えて、画用紙いっぱいに絵を描いた。赤、橙、黄色、緑、青、藍、紫。次々に色を重ねると、白い紙の上に見たこともない世界が広がった。何でも描ける。どんな色でも使える。七歳の誠は夢中になった。 小学一年のとき、祖父が肺がんで入院した。見舞いに行くたび、祖父は痩せていった。点滴のチューブに繋がれた腕は枯れ枝のようで、それでも誠が来ると「おお、まこと」と笑った。 冬になる前に、祖父は逝った。母に手を引かれて見た祖父の顔は、眠っているようだった。なぜ治せなかったのか。お医者さんがいるのに、なぜじいちゃんは死んだのか。七歳の誠には分からなかった。 誠は家に帰って、画用紙に絵を描いた。白衣を着た自分。聴診器を首にかけた自分。「おおきくなったら」という題名の下に、七色全部を使って、誠は自分の未来を描いた。もう誰も死なせない。大好きな人を、ぼくが救うんだ。 「お医者さんになるには、どうすればいいの」母に聞いた。「たくさん勉強して、大学の医学部に行くのよ」。その日から、誠は勉強した。小学校では毎日図書館に通い、中学では学年で十番以内を維持した。高校は進学校に合格した。医者になる。その一点だけを信じて、誠は走り続けた。 二、面談室 しかし、才能には限界があった。高校二年の冬、誠は医学部を諦めた。全国模試の偏差値は五十八。医学部の最低ラインは六十五。担任の村瀬先生が面談で言った。 「高橋、お前の成績で医学部は厳しい。浪人しても届くかどうか」 塾にも通った。夏休みは毎日十二時間、机に向かい続けた。しかし偏差値は六十一で頭打ちになった。もう一年やっても六十五には届かない。担任にも塾の講師にも言われた。努力ではどうにもならないものがあると、十七歳の誠は初めて知った。 「薬学部はどうだ。お前の成績なら十分狙える」 薬学部。医者ではないが、医療には関われる。薬で人を救うこともできるはずだ。誠はうなずいた。それ以外に道はなかった。 三、受託試験 私立の薬学部に進学した。当時はまだ四年制だった。それでも四年間の学費は七百万近い。奨学金を借り、居酒屋でアルバイトをし、足りない分は祖父が遺してくれた金を父が充ててくれた。サラリーマンの家計だけでは到底賄えない額だった。だから絶対に無駄にはできないと思った。 講義は真面目に受けた。成績は上位だった。そのまま大学院の修士課程に進んだ。修士の学費は奨学金とティーチングアシスタントの給料で自力で賄った。製薬企業の研究所で新薬を開発する。がんの治療薬を作れば、祖父のような人を救えるかもしれない。医者にはなれなかったが、まだ道はあると思えた。 しかし修士課程で、指導教授と折り合いが悪かった。 「高橋くんのテーマでは論文にならない」 二年間の研究が否定された。博士課程への推薦はもらえなかった。就職活動を始めた。大手製薬会社の研究職は、旧帝大の博士号持ちが優先される。書類選考で落ちた。何度も落ちた。最終的に内定をくれたのは、中堅製薬会社の「大日本メディカル」だった。社員三百人。研究所はあるが、大手の下請け的な受託試験がメインだ。 それでも、と誠は思った。製薬業界にいる。薬に関わっている。遠回りでも、人の役に立てるはずだ。 二〇二一年、三十五歳のとき、研究所が縮小された。コロナ禍で受託試験の案件が激減したのだ。研究員には二択が示された。辞めるか、営業に回るか。住宅ローンを抱えた誠に、辞める選択肢はなかった。白衣を脱いで、スーツを着た。MR——医薬情報担当者。医者に頭を下げて薬を売る仕事だ。 四、別の店 三十八歳。営業も三年目に入り、課長になったが、それは人手不足の昇進で、実力とは言えなかった。ある日、部長の柴田に呼ばれた。 「高橋、お前に特命がある。東都大学医学部の椎名教授を担当してくれ」 東都大学医学部。日本の医学界の頂点。椎名隆一郎教授は、臨床薬理学の権威であり、厚労省の審議会委員でもある。業者にたかることで有名な教授だった。大手はコンプライアンスを理由に軒並み手を引いていた。 「椎名先生に気に入られれば、うちの薬が治験に採用される可能性がある。大手が逃げた今がチャンスだ」 噂は耳にしていた。しかし、大手が手を引いた相手に中堅が食い込める。またとない機会だった。 最初の面会で、椎名教授は誠を見もしなかった。 「ああ、大日本メディカル? 聞いたことないね」 机の書類に目を落としたまま、三分で面会は終わった。それでも通い続けた。週に二回、アポイントを取り、研究室の前で待った。資料を作り込み、データを揃えた。三ヶ月後、教授が初めて資料に目を通してくれた。 「ふうん。まあ、悪くはないね。今度、ゆっくり話を聞こうか」 夕食に誘われた。銀座の割烹。一人三万円。業界の公正競争規約では、医師への接待は一人五千円が上限だ。誠は知っていた。知っていて、伝票を受け取った。それが始まりだった。 割烹に飽きれば鮨屋、鮨屋に飽きればステーキハウス。伊勢海老が食いたい、フグが食いたい。教授の要求は際限がなかった。最初は伝票を受け取るたびに胃が痛んだ。三回目からは痛まなくなった。五回目からは、教授の好みの銘柄を先に頼めるようになっていた。 やがて、教授は食事では飽き足らなくなった。銀座の高級クラブ。一晩で十五万。教授は上機嫌で、ホステスの肩を抱きながら言った。 「高橋くん、君は気が利くね。大手の連中は最近、コンプライアンスがどうとかうるさくてね」 大手ができないことを、中堅の自分がやる。それが存在価値だった。月に二回、銀座のクラブ。半年で百万を超えた。経費精算書には「研究会費」「情報交換会」と書いた。最初は手が震えたが、三枚目からは迷いもなくなった。柴田部長は知っていた。知っていて、黙認していた。 「椎名先生のご機嫌はどうだ」 「順調です」 「よし、引き続き頼む」 ある夜、教授の酔いが回った頃だった。 「高橋くん、座ってばかりじゃつまらないよ。何か芸でもやりなさい」 冗談だと思って笑った。教授は笑わなかった。 「上着を脱いで踊りなさい。ここの女の子たちを楽しませてあげなよ」 ホステスたちが顔を見合わせた。誠は立ち上がった。上着を脱ぎ、ネクタイを額に巻き、手を振って踊った。ホステスたちが声を上げて笑った。教授はグラスを傾けながら、品定めするように見ていた。 「もっと脱げよ。全部だ」 四十歳の男が、二十代の女たちの前でパンツ一枚で踊っている。脂の乗った腹が揺れるたび、笑い声が大きくなった。教授は拍手した。 「いいね。大手のMRにはこういう根性のある奴がいないんだよな」 ホステスの一人が「MRさんって大変ね」と、涙を拭きながら笑った。誠も笑った。笑うしかなかった。それからも、教授は気が向くと同じことを求めた。教授が笑えば、自分も笑った。教授が怒れば、自分が悪いと思った。何がおかしいのか、もう分からなくなっていた。 五、女衒 ある日、いつものように銀座で飲んでいると、教授が言った。 「高橋くん、お前の身体はもう見飽きたよ。たまには綺麗な女の子の身体が見たいね」 女を差し出せ。そういうことだった。初めて手配したとき、手が震えた。ホテルを取り、店に電話をかけ、女の子を部屋に送らせた。教授の名前は出さない。金は全て誠が現金で払った。店からもらう領収書は架空の飲食店名義だった。そのまま経費精算書に紛れ込ませた。しかしそれも、最初だけだった。二回目からは手が震えなくなった。女衒だ。薬を届ける仕事をしていたはずの男が、女を届ける男になっていた。 教授は満足げだった。翌週も、翌月も。誠は段取りを組む係になった。 ある夜、教授がグラスを傾けながら言った。 「高橋くん、プロは飽きたよ。素人を段取りできないかね」 以前なら心臓が止まったかもしれない。しかし誠は、少し間を置いただけだった。 「……素人、ですか」 「うん。若い子がいいね。合コンみたいなのをセッティングしてくれればいいんだよ」 誠は断らなかった。断るという選択肢が、もう頭に浮かばなかった。知り合いの知り合いを辿り、金を払って二十代の女性を集めた。食事代とお小遣い。金で釣らなければ、六十過ぎの男の相手をする若い女などいない。素人とは名ばかりで、やっていることはプロの手配と変わらなかった。しかし素人に払う金に領収書は出ない。馴染みの飲食店から白紙の領収書をもらい、架空の飲食代として経費精算に回した。その先で何が起きるかは、誠は考えないようにした。 帰りのタクシーの中で、自分の顔が窓に映った。誰だか分からなかった。 それでも、成果は出なかった。大手は接待からは手を引いたが、薬の品質と規模では依然として圧倒的だった。椎名教授は誠に接待をさせながら、肝心の治験には大手の薬を採用した。 「悪いね高橋くん。今回は大手に決まっちゃったよ。でも次の案件は必ず君のところに回すから」 そう言いながら、教授はまた女の子を集めてくれよとせがんだ。次こそは。その言葉を信じて、誠は電話をかけた。次は来なかった。 六、尻尾 二〇二六年一月。夕食の片付けをしていると、テレビからニュースが流れた。 「東都大学大学院医学系研究科の椎名隆一郎教授が、収賄の疑いで逮捕されました。関係者によると、製薬会社関係者から銀座の高級クラブや風俗店での接待を繰り返し受けていた疑い——」 持っていた皿を落としそうになった。テレビの画面に映る教授の顔。誠がこの二年間、頭を下げ続けた男。段取りをし、金を使い、自尊心を削り続けた相手。 電話が鳴った。柴田部長だった。 「高橋、椎名教授のニュース見たか」 「……はい」 「行き過ぎた接待は法に触れる。そのくらい、お前も分かっているな。まさかやっていないとは思うが、もしやっていたとしても、俺は指示していない。会社もだ。いいな」 全て知っていた男の言葉だった。接待の指示は全て口頭だった。書面は一切残っていない。柴田は最初からそうしていたのだ。経費精算書を書いたのは誠の手だ。店を手配し、同席し、金を渡したのも誠だ。証拠は全て、誠の側にだけ残っていた。 弁護士に相談した。弁護士は淡々と言った。 「贈賄、業務上横領、私文書偽造。実行行為者はあなたです。会社の指示があったとしても、あなた自身の刑事責任は免れません」 妻に話した。入社して三年目に社内の事務職として配属されてきた、三つ年下の妻。十歳の娘がいる。 「……ごめん」 それしか言えなかった。妻は何も言わなかった。しばらく黙って、台所に立った。夕食の支度をする背中は震えていなかった。震えていてほしかったのかもしれない。そのほうが、まだ救いがあった。 翌週、柴田に呼ばれた。 「高橋、いったん退職という形を取ってくれ。ほとぼりが冷めたら、次の就職先はこっちで面倒を見る。退職金も規定通り出す。悪いようにはしない」 十六年間、この会社で働いた。研究職から営業職に回され、それでも文句を言わず、椎名教授の無理難題に耐え続けた。柴田の言葉を信じた。守秘義務の誓約書にサインした。自己都合退職の書類に判を押した。 退職した翌月、柴田に電話した。繋がらなかった。翌週も、翌月も。番号は変わっていなかった。ただ、出なかった。 七、灰色の海 裁判は二ヶ月で結審した。誠は全てを話した。銀座のクラブ、風俗店の手配、素人の段取り、白紙の領収書。会社の指示があったことも証言したが、指示は全て口頭でなされており、裏付ける証拠はなかった。柴田部長は「高橋の個人的な行為」と否認した。 贈賄、業務上横領、私文書偽造。判決は、懲役二年、執行猶予四年。初犯であること、全面的に事実を認め反省していることが考慮された。執行猶予がついたとはいえ、前科者だ。実名がニュースに出た。製薬業界は狭い。名前を検索すれば、全てが出てくる。十六年間積み上げてきたものが、全て使えなくなった。四十歳。製薬以外の仕事を探すしかない。しかし製薬以外の経験は何もなかった。妻と十歳の娘。住宅ローンが二千万残っている。 ある朝、誠は海に向かった。電車を乗り継ぎ、岬の突端まで歩いた。断崖の縁に立つと、風が下から吹き上げてきた。一歩踏み出せば終わる。住宅ローンも、前科も、何もかも。足元の先は、灰色の海だった。 目を閉じた。娘の顔が浮かんだ。朝、学校に行くときに「いってきます」と手を振る顔。妻が黙って台所に立つ背中。誠は一歩、後ろに下がった。 家に帰った。何も言わず、靴を脱いで上がった。妻が振り向いた。「ごはん、食べる?」。誠はうなずいた。 八、白い紙 ハローワークの待合室は、平日の午前中でも混んでいた。番号札を握りしめて椅子に座っていると、隣に老人が腰を下ろした。七十は超えているだろう。背中は丸まり、スーツは擦り切れていた。 「あんた、若いのにこんなとこ来て」 「……会社を辞めまして」 老人は「そうかい」と言って、窓の外を見た。 「わしは会社を潰してな。六十八で全部なくした。家も車も。女房にも逃げられた。今は清掃のバイトで食いつないどるが、もう少し稼ぎのいい仕事がないかと思ってな」 誠は何も言えなかった。 「でもな」老人は、内ポケットから一枚の紙を取り出した。折り目のついた画用紙だった。色鉛筆で描かれたラーメン屋の絵。カウンターに家族が並んで座り、湯気の立つ丼を前に笑っている。「いつかラーメン屋をやりたくてな。金はだいぶ貯めたんだが、狙っとる場所に出すにはもう少し足りん。この絵はな、わしが描いたんだ。七十からでも遅くないと思うかね」 色鉛筆の線は不器用だったが、家族の笑顔だけは丁寧に塗り込められていた。何度も描き直した跡があった。 「笑うかい」 笑えなかった。老人は絵を大事に折り畳んで内ポケットに戻し、番号を呼ばれて窓口に向かった。その背中は丸まっていたが、足取りは確かだった。 誠は一人残された。 家に帰ると、誠は押し入れから古い段ボール箱を引っ張り出した。実家を整理したとき、母が持たせてくれたものだ。中に、画用紙が一枚入っていた。七歳の誠が描いた絵。「おおきくなったら」。虹色の白衣の自分。聴診器を首にかけて笑っている。 その下から、十二色の色鉛筆の箱が出てきた。蓋を開けた。どれも根元まで削れた短い軸だけになっていた。芯はとうに尽きている。使えるものは一本もない。 全ての色鉛筆を使い切り、もはや何色も残っていない。 七歳の自分が思い描いた虹色の未来は、どこにもなかった。三十三年かけて誠が描いたものは、自分でも何だか分からない絵だった。 それでも、何か描いてみようか。ふとそう思った。ただ、何を描けばいいのか、まだ見当もつかなかった。 (了)
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