日常 | 文字数: 415 | コメント: 0

今夜のごはんのために

 ぼくがこの街に住まってまだ半年も経っていない。
 ここは都会で、隣の部屋には赤子を連れた若い女が住んでいる。顔と名前と国籍は、知らない。
 ぼくは賑やかな目抜き通りと薄汚い路地を内包するこの街が、嫌いじゃあない。
 けれど、ただ、錆びた鉄パイプの向こうに、幼子の亡骸を見つけたときだけ、ああ、と思う。
 あれはかつてのぼくだから。
 それでもぼくはもう二十歳も疾うに過ぎて、こうしてバゲットの上に何をのせるかで悩んでいる。
 それでいい、というよりも、それしかないのだと思っている。
 どんな骸を見かけても、その日のパンとスープを前にすれば、そちらのほうに気をやってしまうのだ。
 ぼくはそういう生き物なのだろう。
 或いは。
 知るひとの亡骸ならば、ぼくは食事も忘れて泣き叫ぶのかもしれない。
 けれど、この街に、ぼくが知るひとはいないから。
 だからぼくは今日、バゲットにはポークパテと緑豆をのせた。

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