ホラー | 文字数: 1189 | コメント: 0

ネグレクト・ジャンクション

「わたし、向いてません」  校長室で呟いた言葉が静かな部屋で響く。涙と一緒にあふれたそれは鋭利なナイフになって嫌な記憶を閉じ込めたわたしの繭に切れ目を入れる。授業が始まってもお喋りをやめない子。保護者への大事なプリントを紙飛行機にして遊ぶ子。  元々、子供がすきで選んだ仕事。笑顔がいっぱいの教室にしたくて、憧れてほしくて、「郁先生」ってそう呼んでほしくて。  けれど現実はちがう。わたしは描いていたことと真逆のことばかりをしている。子供たちが、わたしより同期の睦月くんの話ばかりしているのが何よりの証拠。  ゴールデンウィークを過ぎたあたりから違和感はあった。朝、家を出るのが嫌だったり、ご飯を食べなくなったり。むずむずしてたから見てあげると、お腹に真っ赤な線ができたてたりとか。でも睦月くんは嫌な顔ひとつ見せないし、きっとわたしが考えすぎてるだけ。そう思ってごまかした。それが今日、朝礼後のこの時間、これから教室に向かうこのわずかな時間で答えを教えてくれた。 「今はあの子たちの担任は君なんだよ」  うん。そうだよ。そんなこと、わかってるよ。  校長先生はため息をついて一言「子供たちが待ってるから」わたしは「はい。頑張ります」と繭の切れ目を抑えた。  校長室を出ると見知った顔が……香先輩だった。 「よっ!郁。なんだぁ?五月病かぁ?」  先輩はいつも通り肩に手を回して痛くなるくらいの力を込めてくる。わたしが「いたいです」と言うと「暗い顔すんなよなぁ。今こうやれる若えのお前だけなんだから」とさらに強めてきた。 「で、なんかあったの?」  痛みから解放されると先輩は暗い顔……らしいわたしの顔を覗く。 「……あの、えっと……先輩には話したく……いいや、その、話せない……です」 「ガキ共か?」 「……そういう言い方はあんまり」  そう言うと先輩は大きく口を開けて笑った。  「ガキ共」よく保護者ともトラブルを起こす先輩らしい言い方。教師として絶対に言っちゃダメな言い方。わたしにはできない言い方。でも、先輩みたいにそうできたら、きっと楽だと思う。 「郁ってさ」 「はい」 「ガキ共傷つけるの怖いんだろ」 「……」  何も言わずに黙った。でも本当はわかってる。怖い。ものすごく。いい先生に近づこうとすればするだけ、子供たちが傷つかないか心配になる。陶器の玩具を触るみたいに慎重でいること、それがいい先生なんだって。それが正解なんだって。でもちがう。  先輩は……すごくいい先生だ。言葉は悪いし、子供たちも泣かせるトラブルメーカーだけど人が傷つく痛みの程度がわかるし、治し方も知ってる。だからわたしみたいな臆病者にだって絡んでくれる。 「先輩。わたし……ガキ共に授業してきます」 「……そういう言い方はあんまり……なんてな!」

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