日常 | 文字数: 546 | コメント: 0

布団

以前、ブラック業界で働いていたことがある。最もひどいときには1日の労働時間、という概念が無かった。24時間、仮眠と食事、トイレ以外はすべて仕事、という生活を送っていたのだ。仕事場の床か移動中のタクシーの中で、ジャンパーにくるまって30分とか、1時間といった細切れの睡眠を取る。1日につき3時間眠ることができればラッキーなほうだ。10日ほど風呂に入らず、服も着替えなかったら、体が生ごみのような匂いを放つようになった。意識は常に朦朧としていて、人の話が頭に入ってこず、何度も同じことを聞き返す。上司に馬鹿扱いされて殴られた。作業の能率が低下し、普通の状態であれば楽々できていたことにもいちいち時間がかかる。ノルマが達成できなくなり、積み残した業務を翌日にやることになる。負債が日に日に、雪だるま式に増えていく。体の疲労ももちろんだが、精神面の衰弱が甚だしく、視野が狭窄して誰かに相談をしようとか、助けを求めようとかいう発想すら浮かんでこない。結局労務不能となり、社長に辞意を伝えて家に帰ったのだった。地を這うようにしてマンションに戻り、汗や垢でどろどろの体を、埃まみれの布団に潜り込ませたときの気分を鮮明に覚えている。解放と喪失。あと、布団というのは人間が生み出した偉大な発明だと心底思った。

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