日常 | 文字数: 851 | コメント: 0

お守り袋

 どうでもよかった。生きていたくなかった。  無理して入った女子高。友達が出来ない。授業についていけない。  だから、自分めがけて、車が猛スピードで突っ込んできたとき、ちょっと嬉しかった。心の中で、「やった!」って。  でも、誰かが、私の身体を掴んで後ろに放り投げて、放り投げた誰かが、逆に前に飛んで行って、車とぶつかるのが、なぜかスローモーションだった。  助けてくれたのは、知らない五十歳くらいのおじさんだった。私は近くに行ったものの、なんて言っていいのか分からずに黙ってた。そしたら、おじさんが私に気付いて、 「怪我は無いかい? 痛いところは無いかい?」 って、言ったんだ。  私は、 「うん」 って、言うのが精一杯だった。  おじさんは、 「そうか。よかった。よかった」 それだけ繰り返して死んでしまった。  おじさんの家族も、みんないい人で、誰も私を責めなかった。奥さんも、息子さんも、娘さんも、誰も私を責めなかった。それどころか、私が無事で良かったって言った。  息子さんは、私より少し年上で、私にお守り袋をくれた。 「どうしようもなく辛くなったら、中を見て」 って、言って渡してくれた。  おじさんの家族は、ときどき、私を食事に呼んでくれた。  明るくて楽しい食卓だった。  それがプレッシャーだった。  明るさが、暖かさが、幸せが、優しさが、善意が、私に襲い掛かってくる。  誰も、私を責めない。  おじさんの命を背負ってしまった私は、死ぬこともできない。  死にたかったなんて言えない。  謝ることもできない。  謝る価値もない。  辛い……。 「どうしようもなく辛くなったら、中を見て」  その言葉を思い出した。  お守り袋を開けてみる。  中には、小さな白い紙。  ボールペンで、殴り書き。 「クタバレ、クソ女」  私は泣いた。  笑いながら、泣いた。  生きようと思いながら、泣いた。

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