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水底の時計

奇妙なものを見た。

大きな箱の中に、金属でできた振り子が閉じ込められている。

振り子が往復するごとに、箱の上部に取り付けた円盤の上で、針が動く。

「時計というのです」と、地上の男は言った。

「振り子が繰り返す。その繰り返しの数で、私たちは時を知っているのです」



砂浜に立つと、波がやってきて、足首を濡らす。

水に絡まれるまま立っていると、波が引いて、砂が乾き、また波がやってくる。

繰り返す。

「これは時計にならないのか」と聞くと、地上の男は言った。

「使いたければ使えるでしょう。でも、私たちの役には立たない」

「なぜ?」

「波は早くなったり、遅くなったりする。そんな自由自在なものに、社会をゆだねる訳にはいかない。私たちはもっと別のやり方で、時を計るのです」



水底に座ると、思い出がやってきて、頭の中を満たす。

亀に乗ってやってくるあの人は、しかしすぐに背を向けて去ってしまう。

また別の人がやってきて、同じことを繰り返す。

何度も何度も、繰り返す。

「私はもしかして時計なのだろうか」

そう訊ねても、水の中では言葉は出ない。

亀は固い瞳で、私を見つめている。

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