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ハロウィンに起こった策略な愛の結末

10月31日17時。
 一通の宛名のない手紙が届いた。
『お前の彼女を誘拐した。返してほしければ、19時までにエデンの園の知恵の樹まで来い。もし間に合わなければ、そこはゴルゴダの丘になるであろう。』
 文の最後には、ジャック・オー・ランタンの絵が描かれていた。
 今日はハロウィン。ニュースでも仮装し街中を騒いで歩いている人たちを、大々的に取り上げていた。
 この手紙も、そのハロウィンで浮かれた人のいたずらだろうと思って無視しようとした瞬間、スマホが鳴った。 彼女からだ。 ほらやっぱりいたずらだった、そんなことを思いながら耳にスマホを当てると、聞こえてきたのは彼女の声ではなく、機械的な奇怪な声だった。
 「どうも初めまして、佐伯さん。私(わたくし)、ジャックと申します。私が差し出した、手紙読んで戴けたでしょうか?」
 ここで初めて、手紙が事実であることを知った。
 「梨恵は無事なんだろうな」
 「はい。19時まで何も致しません」
 誘拐しているではないか、と思ったが口には出さない。
 「梨恵を出せ!」
 「それは出来かねます」
 「要求はなんだ?」 
「要求は、佐伯さんがエデンの園に来たらお話します」
 「エデンの園ってなんだ?」
 「それは佐伯さん自身でお考え下さい。それでは19時に、エデンの園の知恵の樹でお会い出来ることを楽しみにしています」
  通話が切れた。 彼女の名前が映し出されているディスプレイをただ呆然と見つめる。
 エデンの園とは一体なんだ? ゴルゴダの丘とは?
 エデンの園。アダムとイブが出会った場所。
 知恵の樹。生命の樹と対である、エデンの園を象徴する樹。禁断の果実を付ける樹。
 ゴルゴダの丘。イエス・キリストが磔(はりつけ)にされた場所。
 この場合、ゴルゴダの丘ではなく“失楽園”という言葉を用いたほうが良かったのではないのか、と思いながら、エデンの園がどこか考えていた。 すると、ラックの上に置いてあった、コルクボードに目が行った。隣には佐伯自身の似顔絵。
 そこには数々の彼女との写真が貼ってあったが、一番目立つ真ん中の写真を見た瞬間、全ての謎が解けた。
 解けた瞬間思わず「ここか!」と声を出してしまった。
 佐伯はその写真を手に取り、家をすぐに飛び出した。
 時刻は18時を過ぎていた。 車の中で、その写真を傍らに置いて、その場所に向かっていた。
 ハロウィンで渋滞が予想されたが、そこまで交通の便は悪くなかった。
 だがその目的の場所を目の前にすると、交通の便は悪くなった。
 渋滞にはまった。
 違反切符を切られても構わないと思い、路肩に車を停め、目的のエデンの園の知恵の樹まで走ることにした。
 仮装した人が沢山いる中で、僕は知恵の樹であろう『太陽の塔』を目の前にし「梨恵!」と大声で叫んだ。
 時刻は19時になる3分前。右手には、今年、付き合って3年目の記念で、梨恵と初めて出会った場所である太陽の塔をバックに撮った写真。
 梨恵は絵を描くのが好きで、初めて会った日は太陽の塔を画材道具を広げて描いていた。そこに佐伯が近寄り、声をかけた。一種のナンパだった。 「絵、上手いですね」そう声をかけた佐伯を不信がりながらも「私(わたし)、絵を描くの好きなんですよ」と答える。
 「僕、絵を描くの苦手だから、こんなに上手く描けるの羨ましいです 「私、子どもの頃から絵を描くのが好きで、画家を目指していたときもあったんです。でも今は趣味の一環としてしか描かなくなりました」
 「もし良かったらでいいので、お願い1つ聞いてもらえますか?」
 「なんですか?」
 「僕の似顔絵描いてくれますか?お金払いますので」
 そのときに描いてもらった似顔絵はラックのコルクボードの上に飾ってある。
 19時になるとスマホが鳴り、機械的な奇怪な声を耳にする。
 「ちゃんとエデンの園の知恵の樹の謎が解けたんだね。おめでとう」
 「早く梨恵を開放しろ」
 「これでやっと完成した」
 「何が?」
 「太陽の塔。つまり、世界の国からこんにちは。そして、私が出した謎を解いた佐伯さんは、私に勝った」 
「何が言いたい?」
 「こんにちは。つまり、ハロー。勝つ。つまり、ウィン。縮めると、ハローウィン。ハロウィン」そう話した機械的な奇怪な声は笑った。
 「何、訳の分からないことを言っているんだ。とっとと、梨恵を開放しろ」怒りが頂点に達していた。 
「まあ、そう焦るな。まだ私の要求を聞いていないだろう」
 「要求ってなんだ」
 「愛を示して欲しい」 「愛?」
 「そう、愛」
 「愛ってなんだ?」
 「そんな哲学的なことを訊かれても、私も困る。だが、佐伯さんと梨恵さんの今日まで付き合って来た3年という月日が導いた結論を伺いたい」
 「どういうことだ?」
 「その答えは、この声を聞けば分かるんじゃないか」そう言うと、物音が聞こえ「誠さん?」と梨恵の声が聞こえた。
 「梨恵、大丈夫か?」
 「私は大丈夫」
 「すぐに助けるからな」そう言うと、また物音がし「答えは出たかな?」機械的な奇怪な声が聞こえた。
「ああ、出たよ。というか、この答えは前から出ていた。だが見て見ぬふりをしていた」
 「それではもう一度変わろう。梨恵さんにその答えを告げるのだ」
 「誠さん」
 「梨恵、酷い状況だけど静かに聞いてくれ」
 「うん」
 「ここで3年前、絵を描いている梨恵の姿を見て、僕は話しかけた。梨恵は最初、訝しがっていたけど、似顔絵描いてくれませんか?という質問を、優しく受け入れ描いてくれた。そのあと、何度かここで見かけ、その度に話しかけ、意を決して、食事に誘い、思いを告げた。それから3年。今の関係を壊したくない、と思った臆病な僕は、1つのことから逃げていた。しかし、こんな最悪な出来事を前にして、やっと逃げていたことに真正面から向き合えた」乱れた呼吸を整わせ「僕と結婚して下さい」そう告げた瞬間、背中に大きな衝撃が走った。
後ろを振り向くと、目の前に梨恵が立っていた。
 「ほんと?」
 「ああ、結婚しよう」   ― 数日前 ―
 若林梨恵は、佐伯誠のことを好きではあったが、付き合って3年も経つのに、1つの結論に至らないことに苛立っていたため、腐れ縁の佐々木啓司に電話をかけた。
 「お!梨恵が電話かけてくるって珍しいな。どう?佐伯さんとは上手く行ってんの?」
 「そのことで、頼みたいことがあるの?」
 「頼みって?」
 「私を誘拐して」 
「・・・え?は?誘拐?」
 「そう、誘拐。誠さんと結婚したいんだけど、誠さん、中々切り出さないから。私を誘拐して、犯人からの要求は、私に対する愛、みたいな」 
「また、突飛なことを思いついたな。面白そうだけど、警察沙汰にならないか?」
 「たぶん大丈夫」
 「たぶんって。梨恵から言えばいいじゃないか?」
 「女の口から、結婚しましょう、なんて言えるはずないじゃない」 
「まあ、梨恵が幸せになるなら協力するが。決行日は?」
 「10月31日」
 「よりにもよってハロウィンの日かよ」
 「何もないでしょ?」
 「何もないって、こっちには妻と子がいるんだよ。そんな大々的なイベントの日に。なんて言い訳しよう」
 「ごめんね。詳細はメールするから」   ― 現在 ― 佐伯は梨恵を強く抱きしめた。 
「もしもーし。聞こえてます」
 「ああ、聞いてるよ」
 「最後に私から一言伝えたいので、このボイスチェンジャー外しますね」そう言ってから「佐伯誠さん、若林梨恵さん。ご結婚おめでとうございます」と祝福した。
 拍手が聞こえてくる。
 佐伯はその声に聴き憶えがあったが、目の前で涙を浮かべている梨恵を見て、その声は霞んで行った。
 まだ周りには仮装した人たちで騒めいている。
 太陽の塔は相変わらず、手を広げ凛々しく皆を見守るように立ってた。

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