日常 | 文字数: 1979 | コメント: 0

帰り道の出合い

会社からの帰り道、ふと後ろからの気配を感じた。ストーカーかと思い振り向いたが誰もいなかった。少しほっとした気分で前を向いた。 「こんばんは」 さっきまで誰もいなかった場所に黒のローブでフードを目深く被り俯いている、低くしわがれた声の人影が立っていた。 「誰…だ?」 そう訪ねると、その人影は顔を上げながらフードをとった。そうして露になった顔は白く、まるで骨…というか本物の骨だった。 「死神です。田中 雄一郎さん、貴方の魂を狩りにきました」 「し、死神!?何で俺の名前を知ってるんだ?てか、俺はまだ死にたくない!」 走って逃げようとしたが腰が抜けてしまい足が動かなかった。 「ほう、まだ死にたくありませんか」 「あ、当たり前だ!頼む、何でもするから見逃してくれ…」 「いいでしょう、見逃します」 「本当か!ありがとう、助かっ…」 「ただし条件があります。殺さない代わりに相談にのってください」 「…はい?」 訳がわからない。道で出会った死に神の相談にのる?いやまあ、殺されるくらいなら逆らわず条件をのんだ方がいいのかもしれない。 「わかった。それじゃ行くぞ」 「行くってどこに?」 「俺の家だ。道端で死神と話しているところを見られたくないんだよ」 「ご心配なく。私の姿は田中さん以外には見えてませんから」 「なおさら見られたくねぇ…ほら、早く行くぞ」 そういうと俺(達)は家に向かって歩き始めた。 家に着くと早速、相談という名の愚痴が始まった。 「私もすっかり老いてしまったもので、最近は仕事を若いものにとられる事が多くて困ってるんですよ。この前だってー」 ~30分後~ 「ーそれで急いで走ったら転んでしまって。見てくださいよこの膝、欠けてしまって治らないんですよ。しかもねー」 ~30分後~ 「ーということがあって。私は一体どうしたらいいんでしょうか?」 死神は延々と1時間もノンストップで話し続けた。そして、その間に泣き始めてしまってティッシュを二箱分も使っていた。 「えっと…つまり、仕事を続けるか辞めるかってこと?」 死神は鼻をかみながら頷いた。 「今、何歳?」 「1663歳です」 「仕事を始めたのは?」 「23のときです」 「あんたはよく働いたよ。これからは老後生活を楽しみなよ」 「誰も責めませんかね?」 「何か言ってきたら、"俺は1640年も働いたんだ"って言ってやればいいんだよ」 「なるほど、それはいい案ですね。アドバイスありがとうございます」 「役に立てたならよかった。また相談があったら来な。何でも聞いてやるよ」 「ありがとうございます」 「ちなみに、名前は?」 「リョウと申します。今日は本当にありがとうございました」 玄関から出ていく死神の顔は会ったときよりは少し明るくなった気がした。 それから三日後の夜。 "ピンポーン" まったりとテレビを見ているとチャイムが鳴った。隣人からの苦情かと思いドアを開けた。 「こんばんは」 目の前に大量の死神が立っていた。 あまりの多さに俺はまた腰を抜かしてしまった。 「な、な、何の用ですか?魂を狩りにきたとかって言うんですか?」 すると一斉に死神が押し寄せてきた。 「田中さん、僕の相談にものって」 「田中さん、晩ごはんの献立を一緒に考えてくれないかしら?」 「田中さん、ちょいと私の肩を揉んでくれんかの?」 「田中さん、焼き肉奢って!」 「田中さん、彼女にプロポーズしたいんだけど何て言ったらいいかな?」 「…待って待って待って。全員同時に言わないでくれ!」 なんとか落ち着かせたあと、事情を聴いた。 「つまり、リョウから死神に対して優しい人間がいて、相談にのってもらったって聞いたら羨ましくなっちゃったから来たと?」 「うん」 「ちなみに、断った場合は?」 全員が無言で鎌を構えた。 「ですよねー。はぁ…とりあえず一列になって、入れる分だけ中に入ってくれ…」 ものの数分で家が死神だらけになってしまった。 それから夜の間だけ俺の家は死神専用の相談所兼休憩所となった。 朝日が昇るのと同時に死神は帰っていき、俺は寝る。 後で聞いた話なのだか、リョウの仕事とは死神のカウンセラーだったらしい。俺のアドバイスで仕事を辞めたため相談事が溜まった死神のために俺を紹介したらしい。 もし、俺が違うアドバイスをしていたら今の生活にはなってなかったのかもしれない。でも、後悔はしていない。 今晩はどんな相談が来るのかを楽しみに会社に向かった。

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