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『ようこそ』が止まらない

そろそろ、次の街に着くだろうか。

* * *

「すみません。五剣山って、向こうの方角でしょうか?」
「ああ、そうだけど…坊や、観光?いや、お遍路かしら」
笠をかぶり杖をついて歩くボクの格好を見て、四国八十八箇所巡りの途中であると考えたのだろう。若いのにシッカリしてるのねぇ、と感心している。
「まあ、そんなところです。高松市には先日初めて参着しまして」
「あら、そうなの?ようこそ、讃岐へ」
ボクはこの言葉が好きだ。ようこそという言葉には初対面の相手でもその歓迎を信頼できる力がある。
その『ようこそ』という言葉を心の中にソッとしまい込んで、笑顔を返した。
「それにしても、坊や1人?お父さんとお母さんは?」
「あぁ、ここには1人で来ました。その、旅がしたくて」
嘘はついていない。というより、つきたくない。
彼女がボクの親の所在を尋ねたのは、子供1人で出歩いていることを心配してのことだろう。相手の親切に嘘で応えるのはボクの主義に反する。
「あら1人旅。『かわいい子には旅をさせよ』って言うけれど、本当に旅させる必要は無いのにねぇ」
「好きでやっていることですから。それでは、ボクはこの辺で」
「頑張ってね、坊や。美味しいうどん屋さんが沢山あるから、気になったら寄ってみてね」
「ご親切にありがとうございます」
お辞儀をして女性と別れた。温かい言葉を使う女性だったなと、先ほどまでの会話をジックリと思い出す。
(良い言葉が集まったなぁ)
リュックサックの中から「言の木」を取り出して様子を見る。
ひとひら、綺麗な葉が増えていた。先の女性がくれた『ようこそ』という言葉のお陰だろう。
(これだから、旅はやめられない)
今まで各地を旅して集めた歓迎の言葉が、木に葉をつけている。
「……そろそろ頃合いかな。お遍路が終わったら一度戻ろう」

* * *

「いやあ、中々見事な言の木だな。どれを集めたんだ?」
「『ようこそ』ですよ。三陸鉄道や熊野古道にも行きました。あとは、お遍路さん」
得意先の男性は唸りながら言の木を見回す。
「なるほど、綺麗な青さになるわけだ。これだけ気持ちのいい言葉に包まれたなら、旅の方も楽しかったんじゃないか?」
「ええ。皆さんとても親切でした。あぁ、それから。面白いことに、その言の木にはお店の『いらっしゃい』でつけた葉も混じっているんです」
得意先の男性が目を丸くする。
「……事務的に言ってたわけじゃねぇのな」
「どうでしょう。言葉は受け手次第で意味や感情が化けるものですから。
でも、言われて悪い気がするものではないですよね」
「いやはや、言霊師に関わってると意外な発見ばかりで退屈しないぜ」
「ふふっ、そう言っていただけると、ボクらもやり甲斐があるというものです。
それではまた」
「おお。…次は、どんな言葉を集めるつもりなんだ?」

「うーん……やっぱり『ようこそ』ですかね?」

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