やばれんこん
「ヨモカタさん、すいません・・・俺のせいで・・・」「気にするな、お前は悪くない」「でも・・・」「生きて帰れ、命令だ!」「はい!」 ・・・これは、人類が絶滅の危機に瀕した時代の物語である。 生還した彼らのヘルメットはひび割れ、戦績を読み上げられる間も敬礼を止めなかった。文字通り死守された街々の数のあまりの多さに強く噛んだ口元が堪え切れなかった。 「博士、新兵器はまだ完成しないのですか!」 声を挙げたのは、若い青年ヨモカタだ。 「我々は、博士の言った通り、かつて失われた動力源を求めて、危険な彗星級の怪獣達の住むヨモヤマを三月から巡ってきました」 ヨモカタの肩をヨモヤマがするりと昇って、頬をすり寄せる。ヨモヤマはその旅の途中で出会った尾白兎だ。 「すまなかったな・・・君たちには大変危険な思いをさせてしまった」 博士は沈痛な面持ちで顔を伏せ、手で隠した。それからおもむろに、 「・・・して、君は・・・名前は何じゃったかな?」 と、聞いた。指の隙間から垣間見える目に反省の兆しはなかった! 「なんじゃそりゃあああ!!!」 ヨモカタが怒りを爆発させる。 「めんごめんご、志願者はたくさんでのう、もはや覚えるのもアレだと思って」 「アレってなんだよ!」 荒れ模様のヨモカタに、 「アレっていうのは、つまりよもやよもやで、言わないほうが良いのだが?」 「言っちまえ!」 「いちいち細かいことを気にして、面倒だな」 「は?」 「面倒だったんじゃよ。減ってから覚えようと思って」 「ぬああああっ!」 「だがしかし!」 「!?」 「それゆえに完成したのだよ。IH9・・・その名もヒータ」 「ヒータ・・・完成していたのかっ!」 「さあ、どうするどうする? ヨモカタ君。ムカつく博士とともに世界を救うか、それともつまらない意地を張って、無残に人類の最後を見届けるか、選ばせてあげよう・・・」 「く、くそおおお!」 ヨモカタは猛烈に走り出すと、IH9ヒータのコックピットに駆け上がった。 ヒータは、その高出力のレーザー兵器で怪獣を次々と焼き払っていく。 「ああ・・・博士、これで世界は救われたのですね」 博士の隣に立つ女。彼女はヨモギダ。 「IH9ヒータはあくまで試作機・・・。彼は、怒りという感情をヒータに吸い尽くされてしまうだろう・・・」 ハラハラと博士の頬を伝う涙。眼鏡を外し、目元をハンカチで拭う。その隙間から垣間見える目に反省の兆しはなかった! 「つまり、いつもにっこりニコニコヨモヤマくんに成り下がってしまうということですか?」 ヨモギダがそう尋ねると、博士はフッと笑みを作って、 「そうさ、にっこりニコニコヨモヤマくんにはもう、IH9ヒータは二度と振り向いてはくれないだろうね」 「そんな・・・っ。ヨモヤマさん」 ヨモギダは口元を抑える。その指の隙間から見える口角は、上がっていた! ヨモギダは博士に忠実な魔女なのだ。 「だが、このデータは無駄にならないっ!」 「無駄にならないっのですか?!」 「ああっ!」 「それはっ! どういっうことですかっ!」 「やばれんこんの退治に、フェーズを移行する」 博士は少し落ち着いてからそう言った。 「ついにやばれんこんを亡き者にするのですか・・・」 「そうだ・・・」 「あの、聞いてもいいですか? やばれんこんについて詳しくないのですが、そんなにやばれんのですか?」 「やばれんのだよ・・・」 思いを巡らすヨモギと、遠い目をする博士のすぐ近くで、ヨモカタの戦いは続いていた。 「あ、そろそろ終わりそうですね」 「そんなことよりもやばれんこんの話に戻ろう」 「はい」 「やばれんこんは、根本的には蓮根なのだ。いくつもの節が繋がってできている」 「なあんだ、蓮根ですか。私、好きですよ。素揚げとか美味しいです」 「そう言っていられるのも、いまのうちだけだぞ・・・なにせ、やばれんこんと相対した者たちは皆、『やばれんこん』以外の言葉を喪失してしまったのだから」 「あの、穴の開いたスッカスカの根菜類がそこまでやりますか?!」 「・・・やばれんこんだからな」 「あ。そろそろ最後の怪獣を仕留めますよ」 「思った以上の頑張りを見せてくれた。いいデータが取れただろうな」 その時だった、天を覆う雲が裂け、龍のように雄々しきその、巨体が現れたのは。ゴゴゴ。 「あれが、やばれんこん・・・?」 「博士、それ、私のセリフです。博士も見たことなかったんですか?!」 ヨモギダの開いた口が塞がらなくなっていた。 「あ、あぶなーい!」 博士が横っ飛びにヨモギダを抱えて倒れこみ、ヨモギダは動揺する。 「何をするんですかああ!! 嫁入り前なのに!」 「見ろ!」 そこには、連綿と連なる、蓮根がビチビチとのたうっていた。 「こわっ!」 「そうだ。気を付けなければ、我々もあっという間にやばれんこん入りだ」 「やばれんこんってなんですか?!」 「わからない・・・もはや植物なのか、動物なのか、それとも・・・」 そのとき、にっこりニコニコヨモヤマくんの操るヒータが太陽のような笑顔溢れるビームを放った。その威力たるやすさまじく、ヨモヤマくんの笑顔をかなり犠牲にした一撃だった。 「ヨモヤマさんは、その笑顔さえ犠牲にして、戦ってくれています?!」 ヨモギダが叫ぶように博士に伝え、博士はやばれんこんの姿を食い入るように見ていた。それを見たヨモギダは動かなくなった蓮根に噛り付きそうな勢いで、手に取った。 「サンプル確保です!」 「いや、待て! まだだ・・・蓮根とは、連なることにその本質があるのだろう」 「博士? 話、通じてますか?!」 「なんだと・・・! 事象への干渉が可能だというのかっ!」 節になってくびれているところをレーザーで両断されたやばれんこんは、もとの形が過去と未来から寄せ集まり、復元する。 「博士! 何か変です!」 「ヨモギダくん、撤退だ! やつは、高位の生命体へと進化を遂げていたんだ!」 「やばれんこんってなんですか?!」 「時間の概念を取り込んだ生命体だ・・・! 我々は会話をすることすらままならなくなりつつあるのはその影響だろう。さあ、行くぞ、これを聞いたばかりのヨモギダくん。高次元生命体を両断する武器を手に入れる必要がある。さあ、行くぞ・・・!」 戦いは続いていた。ヨモヤマの感情をエネルギーにヒータは戦い続けた。感情を燃やし尽くしたと思われた瞬間に、枯れ果てた涙は涙腺に逆流し、喜びは胸を再びいっぱいにした。笑顔が戻り、苦痛に歪んだ。 ヨモヤマはやばれんこんの穴の中の闇雲に飲み込まれていった。 ヨモヤマよ・・・。遠くからヨモヤマを呼ぶ声がしていた。 「誰だ・・・」 かすれた声でヨモヤマは答えた。 「なぜ、お前はこんなことになっているのだ」 声は、ヨモヤマに問いかけ続けていた。 「分からない。カッとなったのかもしれない」 「いいや、もっと前からじゃないか。もっと前からのお前を私は知っている・・・。人の中で馴染めなかったのだろう」 「誰なんだ・・・もう、許してくれ・・・」 感情の経験だけが何度も何度も吐き出しては飲み込まされて、ヨモヤマは胃洗浄をされたような気分の悪さを味わい続けていた。 「気分が悪いか? 違うな。悪いのは都合なんだ。本当の自分をそこに隠しているからだ」 「何が言いたいんだ・・・」 ヨモヤマが呻く。 「『気にしていない』『気にするな』のどちらを選んでお前は生きてきた?」 人類の滅亡が起こるとしても、死に近づいていくことはしなくてもよかったのではないか。いまここにいることさえも、世の中の情報の中に飲まれることを望み、運命を見つけその中に宿命的な死という居場所を見つけようとする自己本位的な営みではなかったか。ヨモヤマは、洗われ続けていた自分をようやく見つめようとして、そして、蓮根に連なるひとつとなった。 そのあとのことは覚えていない。
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