日常 | 文字数: 2443 | コメント: 0

星間パティシエ

「あーもうっ」  ズンズンと真夜中の路地を歩きながら、悪態と一緒に地面に落ちていた空き缶を蹴っ飛ばす。  誰かのミスの責任逃れがグルグルと周り、爆弾ゲームのようにポンと問題を渡され爆発した。  おかげで今日も謝罪のメールを取引先に回したり、保証の話を事務としたりでサービス残業だ。  貼り付けた化粧は、崩れてグチャグチャだが治すのも面倒くさい。夜遅いし誰も見やしないはず。  今はただ、シャワーを浴びて寝たいのだ。 「アイタっ」 「あっ、ごめんなさい」  電信柱の向こうまで飛んで行った、空き缶の着地点から男の人の声、最悪だ。  蹴っ飛ばした空き缶が誰かに当たったらしい   「すみません。私、そんなつもりじゃ」 「いえいえ、こんな場所でのんびりしていた私がわるいのです」 「コンビニで氷買ってくるんで冷して……えっ……」  電信柱の向こうをのぞき込むとそこには、小学生くらいの大きさのトレンチコートを着たフクロウがいた。  コートの腕部分には大きな穴があり、そこから器用にたたまれている翼を出している。  袖が無いが、ロング丈のタイトなコートなのでだらしのない感じはしない。  踝(鳥の足なのでどういえばよいのかわからないのだけれど)丈のズボンから大きな爪を付けた足がのぞいている。   「あの、えっと……」 「ホッホッホ、驚かせてすみませんな。お嬢さん」  金色の眼がクルリと回る。低い落ち着いた声だった。  何よりもその老成された雰囲気のせいで悲鳴もパニックも通り越して、笑ってしまった。  仕事が忙しすぎたのか熱すぎるのか、きっと夢をみているのだ。ならば楽しんだっていいじゃないか。 「フフ、いえ。えーとこんばんわフクロウさん。とてもオシャレな服ね。でも少し暑そうだけど?」  私が驚いて逃げ出すと思っていたのか、フクロウは驚いたように首を右左に回してワシの顔をしたから見上げた。 「貴女は深い心をお持ちのようだねお嬢さん。……確かに少し暑いが、これで良いのだよ。これから私が行く場所はいささか寒いのだからね」 「どこへ行くの?」 「六連星のその先の綺羅星の彼方までだよお嬢さん。そこで天の川から零れた星の雫とここで集めた月の明かりを混ぜ合わせるんだ」  首を捻りながら、フクロウは空を見上げる。都会の空からは星は見えない。  だが大きな金色の眼を持つ彼には夜を彩る星々が見えているのかもしれない。私には真っ暗な夜しか見えないのに。  それが無性に悔しくて、じっと夜の空を見上げながら話を進める。 「ずいぶん、大変な作業のみたいだけど、なんでそんなことをするの?」 「なんでそんなことをするのだって? お嬢さん、決まっているじゃないか。ケーキを焼くのさ、天の川の星々が一番甘く美味しくなるこの時期じゃないとだめなんだ。いいかい、ここが一等大事なところなんだよ。天の川の星の雫に月の明かりをしっかりと混ぜ合わせ、木星のボウルに入れる。そこに白鳥座の卵を入れれば準備は整う。後は太陽のオーブンに入れれば、焼き上がりを待つだけさ」 「ものすごい大きさになりそうね、私には星なんて見えないから想像もできないわ」  星々を使ったケーキなんて、途方もない現実感のない話だ。  視線を感じ夜空からフクロウへ注意を移すと、彼は私を見て過去に出会った優しい誰かのように笑みを浮かべた。 「ホッホッホ、逆だよお嬢さん。星が見えないから想像できないのではない、想像しないから見えないのだ。ホラ手をだしてごらん」  言われるがままに、手をだすと、フクロウはコートから出した翼の先からコロンと小さな飴玉のようなものを私に渡した。  それは黄色のようでもあり、透明のようでもあるような不思議な色彩の綺麗な珠だった。 「これはなに? とても綺麗……」 「月の光だよ。さぁ、もうわかるだろう? 目を閉じて心で見てごらん、この月明かりの玉がゆっくりと優しく落ちてくる様が見えるはずだ」  目を閉じて、小さなお月様が雪のように周りに振ってくるのを想像した。  ふと、鼻腔に甘い匂いがして目を開けると、掌にフクロウが月の光と言った小さな玉が零れるほどに盛られていた。 「わ、わ、ちょっとフクロウさん。これ受け取って」  とりあえず、フクロウに月明かりを渡す。フクロウは翼の先を器用に動かし、コートから袋を取り出して月明かりの玉を詰め込んだ。   「ホッホッホ、上手上手、これだけあれば、十分ですな。いや、お嬢さんのおかげで仕事が早くすみましたな。……お嬢さん、名残惜しいですが私はもう行かなくてはなりません」 「えっと、そうですか」 「えぇ、急がなくては、天の川の雫が全部零れてしまいますからな」  フクロウは畳んでいた翼を広げた。 「あの、ありがとうございました。とても素敵な体験でした!」  唐突な別れにせかされる様にお礼を言う。フクロウはこちらをみて、クルリと首を回し、笑いかけてくれた。  一回、二回と羽ばたくとフクロウはすでにいなかった。  一人切りの路地裏で今しがたの体験は一体何だったのだろうと考える? 夢? 幻想? 「まぁ、いいか」  少なくとも、悪くない気持ちだ。明日も頑張るか。  そう思って、帰路につこうとしたとき、あの甘い匂いが香る。    目を閉じて、想像してみる。  月からは甘い光が絶えず降り注ぎ、夜空を見れば眩しいほどの綺羅星が一面に飾られている。  あの空のどこかでフクロウはケーキを作っているのだろうか?  いつか、食べさせてもらえればいいのだけれど、食べすぎて太っちゃうかも?  なんてそんなことを嘯きながら目を開け、満天の星空の下、甘い光の中を帰って行く。 

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