旧同タイトル | イベント: 同タイトル | 2017年10月 | 文字数: 1981 | コメント: 0

あなたの好きな世界

🗡️ 一番槍

中学の授業で「あなたの好きな世界を文章で表現してみなさい」と言う宿題が出たとき、同級生のしおりはとても寂しいお話を書いてきた。 誰もいなくなった空っぽの都市を、1人でずっと旅するお話。起きて、食料を探して、日記を書いて、眠る。その繰り返し。誰かに会うこともなく、誰かと話すこともない、何の目的もなく、何の変化もない。 「さすがに悲しすぎないか」と言うと、彼女は感情の籠らない声で「そうかな」と答えた。「そう言う純也はどうなの」 俺は魚まみれの世界を書いた。海底に潜む生きた化石、シーラカンス。海中で繰り広げられるサメとシャチの進化史に残る激戦を尻目に、浅瀬でヤドカリが家探しに奔走している。そんな世界。 「お前のも人間いないじゃん」と、しおりに突っ込まれて言葉に詰まった。それきり会話が途切れる。がやがやと騒がしい教室の端でぼそぼそと、会話にすらなってないやり取りを交わす陰気な二人組、それが私としおりだった。 似た者同士。クラスの中でペアを組めと言われた時に、余ってしまうやつら。仲が良いわけでもなく、休み時間の時はお互い自分の世界にこもって、言葉を交わすことはほとんどなかった。 それから10年後、そのしおりと、同窓会で再会することになった。「お前が来るとは思わなかった」と言うと「あんたこそ」と返された。 人並みの社交スキルは身につけたようだ、中学の時には絶対に話さなかったような子たちとも、適当な世間話で盛り上がれるようになっている。昔なら「くだらない」と言って一顧だにしなかったゴシップにも、場を白けさせない程度に加われていた。 そんなしおりの姿を見て、寂しくなっている自分がいた。だけど、根っこの方は変わってないらしい。時間が経つにつれ、しおりの口数は少なくなってゆき、ふと気付いた時には、二人して壁に背をつけ、はしゃぐ同級生たちをぼんやりと眺めていた。 「あれ、今も好きなのか」 「あれってなに」しおりは気だるそうに、低い声で答えた。 「昔書いたろ。無人の都市を一人で歩く話」 「ああ。黒歴史」グラスに口をつける顔が険しくなったのは、照れ隠しだろうか。 「今も、同じことを思うのか」 「なにを藪から棒に」 「いや••••••」自分でも、質問の意図がわからないなと思う。「なんか、懐かしくなってさ」 「あんたはどうなの。サメとシャチがどうたらこうたらって言ってたっけ」 「あれ、勝負にならなかった」 「はい?」 「サメには肋骨がないんだ。そこを突かれたらどーん、シャチ圧勝」 しおりがバカにしたように吹き出した。「くっだらな」 「お前はどうなんだよ」 しおりはすぐには答えなかった。視線の先では、クラスのお調子者たちが一気飲みに興じている。勝負がついたのか、女の子たちから歓声が上がった。 ああ言うのをくだらないと言って蔑むのが、俺としおりの共通点だった。 「もし今、また同じ宿題が出たら」しおりはつぶやくように言った。「同じことを書くと思う。だーれもいない街で、ただただ食料を探すことだけ考えて暮らす生活。そんな生活に憧れてますって」 「そんな暮らしがしたいのか」 と聞くと、しおりは首を振った。 「できたらな、と思うだけ。できっこない、ってわかってる。だってそうなっちゃったら、その夢が叶ってしまったら、私は悲しくて悲しくて、多分すぐにみんなを追いかけてしまうから。••••••私、人間嫌いのくせに、寂しがり屋なんだ」 「そうか」自分で質問したくせに、なんて返していいかわらず口ごもる。口が上手いやつならなんて言うんだろうと考えて、答えが出ないまま、ああ、まただ、と思う。また会話が途切れる。俺は全然、昔と変わってないんだな、そう思ってため息をつきかけたとき。 「やめやめ! せっかくの同窓会なんだから、もっと楽しいこと話そう」しおりが、そう言うキャラでもないくせに、無理に明るく言った。 「最近さ、なにか面白いことあった? 本とか映画でも、なんでもさ」 顔を覗き込まれて、面食らう。そりゃないとは言わないけど「多分、お前に言ってもわからない••••••」 それでもいいよ、と、しおりは言う。少し無理しているのがなんとなくわかる。だけどそれは、強制されたとか義務感でやってるっていうふうじゃなかった。例えるなら、今までの自己ベストを越えるために、ちょっとだけ踏ん張ってる、そんな感じ。 「聞かせてよ」 そのとき理解した。彼女は踏み出そうとしているのだ。住み慣れた世界から。誰もいない都市から、新たな世界へと。 「教えてよ。あんたの世界」

コメント

コメントはまだありません。