与奪の理 ~僕から君へ
- 僕には大事な女の子が居た。 友達より大事で、恋より愛していて、愛より別の何か、そんな風に思える人。 僕はその人が居たから、こんな世界でも前を向いて生きていこうと思えた。 話せなくても良いんだ、君が居るって其れだけで、強くなろうと思えた。 いつか強くなって、君を支えられるようなそんな存在になろうとしていた。 支えることが叶わなかったとしても、何処かで君が幸せにしているなら僕は其れだけで良かった。 其れだけで良かったのに、1通の手紙によって僕の人生は大きく崩れた。 - 僕はその日、朝起きるといつものように煙草を吸いに外へ出た。 郵便箱の中をいつも確認しない僕だったけどその日は何ぜか郵便物を全て取り出そうという気になった。 殆どは税金徴収の頼りや国民年金機構とかからの分厚い封筒だったが一枚だけ薄い封筒が入っていた。 差出人を確認すると、其の大事な彼女からだった。 (何で手紙なんだ・・・?)と戸惑いつつも君から僕に手紙が送られてきて嬉しい、そんな気分で僕は居た。 ビリビリと封を破いて、中身の手紙を丁寧に取り出すと恐る恐る中身を確認した。 中には弱々しい字でこう書かれていた。 ー 死のうと思う。 なんで 君に手紙を書こうとしたのか分らないけど 誰にも明確に伝えてないから 誰かに意思を伝えたかった。 蒼乃 ー 背中に稲妻が走ったような衝撃を感じた。 その衝撃と共に僕は急いで、スマートフォンをポッケから取り出してLINEで彼女に電話をかけた。 愉快なメロディが鳴り響くだけで彼女が電話に出ることはなかった。 僕はパジャマの儘慌てて玄関においてある車のキーを手に取り、一目散に車へ飛び乗った。 目が点になって意識も朦朧としていたが、車のエンジンをかけて彼女の元に大急ぎで向かった。 途中、何度か前のクローバーマークの車に怒声をあげていたが僕は自分でも其れに気が付いていなかった。 心臓が押し潰されそうな不安を抱えて彼女の家に2時間かけて要約辿り着いた。 すると、彼女の家の前には人だかりが出来ていた。 不安なのかよく分らないけど目の前が真っ暗になって僕は意識を失った。 僕は其処で僅かだが夢を見た。 夢と言うより彼女との記憶のフラッシュバックだった。 彼女にあった日のこと。彼女と付き合った日のこと。彼女とキスした日のこと。 彼女を泣かせた日のこと。彼女と別れた日のこと。彼女を傷つけた日のこと。 彼女に支えられた日のこと。彼女に救われた日のこと。彼女のためにと疎遠になると決めた日のこと。 「ドンドンッ!」という衝撃音で起こされた僕は、音の方に目を向けると彼女の父親が険しい形相で車の窓越しにたっていた。僕は、混乱していたのか窓をあけて「久しぶりです。」といつものように挨拶した。 彼女の父親は、渋った顔をして寂しくこう言った。 「其処邪魔だ。見舞いに来たなら、ちゃんとヘリの方に止めろ。」 僕には、何が何だか分らなくてこう返した。 「え?」 辺りを確認して初めて、此処が彼女の家の前だというのが分った。 「僕、何で此処にいるんですか?」 彼女の父親は困った顔で答える。 「知らないよ。取り敢えず今は君と下らない話をしてる暇はない。見舞いするなら上がっていけ。」 僕は未だに思い出せないで居た。 (何で彼女の家の前まで来てんだろう。) 僕がそう思索しながら自らの様子を確認していると、パジャマで居ることが分った。 タラリ・・・嫌な汗が流れた。 急に心拍数が上昇してくる。息が苦しくなってきた。 僕は慌てて、車から飛び出ると彼女の家に無言で突入した。 突入する際、彼女のお父さんに怒鳴られたが全く耳に入っていなかった。 何処を探しても彼女はおらず、シクシク・・・という音だけが蠢いている部屋だけが残った。 僕は其の部屋を入ると、其処には沢山とはいえないけど10人ばかりの見知らぬ人が集まっていた。 お線香のような煙が上がっていて其の煙の元に視線を落とすと、黒縁(遺影)の中で笑う君が居た。 今度は目の前が真っ白になった。意識を失うことは亡かったけど、膝から崩れ落ちた。 声は何一つ出ず、涙も出ず、何一つ思い浮かばなかった。 僕が瞳孔を開きながら、ただ崩れていると彼女のお母さんが僕に擦り寄ってきて顔をグシャグシャにして泣きながらこう言った。 「蒼乃ちゃん、死んじゃったよお。」 僕は、彼女のお母さんにつられるように溜まっていた涙が一気に溢れだした。 泣きながら「何でだ。」「嘘だ。」「嫌だ。」と繰り返し叫んだ僕は彼女の父親につまみ出された。 つまみ出されて、彼女の父親とトボトボと人気の無い大地を散歩していた。 暫く、無言だった彼女の父親が口を開いた。 「キミにとって、蒼乃は大事だったのか。」 僕は回っていない頭を何とか回して出そうにない声を絞り出した。 「ぅ、ふ、ゅ、ふぁい。」 「聞くまでもなかったな。いつ知ったんだ?」 僕は、息を落ち着かせながら丁寧に答えた。 「ふー、ひぃ、ふぅ、今日の、、ふぅ朝れす。」 「そうか。来てくれて有り難うな。」 僕は、若干血眼になりながら答えた。 「ひえ、、い、いつですか。・・・いつ亡くなったんですか。」 彼女の父親は、僕の様子をうかがいながら答えた。 「6日前だ。それより大丈夫か?」 「ひゃひっ、大丈夫です。死因は?」 彼女の父親は険しい顔で答えた。 「自殺だ。とはいえ、私達両親が殺したようなものだがね。本当にすまない。」 彼女の父親がそう言いながら頭を下げる。 僕は、そんな彼女の父親を見て殴りたくなったが彼女が悲しみそうなので堪えた。 しかし、僕は悟った。 その彼女はもう何処にもいないんだと。 僕は大声で叫んだ。 「ぢぐしょおおおがあ“あ”あ”あ”あ”あ”!!」 僕の声にひるんだ彼女の父親は下げていた頭を上げて僕を宥めるように抱き寄せた。 「すまん。けど、キミも大人なら蒼乃の死を受けいれよう。蒼乃に対して失礼だとは思わないのか。」 彼女の父親の抱き寄せる力が次第に強くなるのを感じた。 「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」 僕は、その手を振り払い我武者羅に吠えた。 「うわ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!」 僕は其の後、放心状態となって帰宅不可能となった僕を親切に自宅まで2時間30分かけて運んでもらった。最後まで僕は彼女の父親に次曲がる所を教えるのみで、礼1つ言わなかった。 其れから、3日がたった今日。僕は、此れからなにをすれば良いか考えてる。 今日までのことをざっと整理してみたんだけれど、なにをすれば良いのか全然分らないんだ。 今は、ソファに座って目を虚ろにしながらもタイピングしているのだけれど何にも分らない。 僕にとって君が全てだったんだ。 ・・・もういいよ、こんな人生。 独りで生きていくよ。もう、誰も頼りにしない。 全部忘れる。頼られることがあっても全部見捨てる。 全部要らない。どうせいつかは無くすモノだらけだ。 大事なモノなんて必要ない。いつ死んだって構わない。 夢なんか必要ない。より良い自分も必要ない。 与えられては奪われるのが此の世の道理ってか? なら、僕らは結局何も得ることなんか出来ないじゃないか。何でお前ら生きてんだよ。 夢とか追いかけちゃって、どうせ無くなるのに。 大事なモノ大事にしようとしちゃって、どうせ死ぬし消えるのに。 より良い自分を目指しちゃったりして、どうせ自分も死ぬのに。 何かを残そうと躍起になったりして、どうせいつかは何も残らないのに。 ・・・けどまあ、生きる意味は無いが、死ねない理由はある。 自殺を連鎖させてはいけないからな。彼女の手を汚してはいけない。 僕が死んだことで、僕のことを大事に思ってくれる人を殺してはいけない。 人が人を殺してはいけない。 彼女を綺麗なままで居させるためにも僕はこんな無価値な世界を生きねばならない。 ・・・いや、彼女は何処にも居ないから何かに汚されることは無いのか? 其れに、彼女が殺したというなら彼女が自殺した時点で彼女が僕を同時に殺していたことになるのか。 彼女の手で殺されるんなら僕にとって本望だ。 今すぐにでも死のう。 僕は、ゆっくりソファから立ち上がると深呼吸1つついて体を伸ばした。 (よし、死のう。) 僕は6mに及ぶ同軸ケーブルをTVデスクの引き出しから取り出すと、テキパキと絞首が行える処刑場を作った。僕は椅子に昇り其れを頭に被せる。 (君が僕を解放してくれるんだ。この世界から) 飛びだとうとして足に力を加えた時、急に頭の中で誰かが叫んだ。 「死んじゃダメ!生きて!」 其の声に反応して足の力が緩み立ち止まった。 間違いなく彼女の声だった。僕は、どうこうを開かせながら幻聴だったのかと辺りを見回す。 誰も居ないけど、鮮明に聞こえた。 彼女の強い声が。僕は確かに君を感じた。僕は自然と涙を流していた。 彼女は居なくなって、そして僕は彼女に助けられたんだと。 暫く、感傷に浸ってから僕は処刑場の片付けに入ることにした。 そして、またソファに座りタイピングを続ける。 彼女は何処にも居ない。だけど、彼女はずっと此処にいる。 彼女が居るなら、僕は強く生きれる。 彼女が死ぬなというなら、僕は死なない。 彼女が居なかったとしても、僕は強く生きるし死なない。 何故なら、彼女は何処にも居なくなったけど、ずっと此処にいるんだから。 だから、僕は生きる。 生きるね、こんな世界でも生きる。 価値なんかなくていい。君が居るから僕は生きていく。 明日が見えなくて、今日が最悪でも僕は生きる。 君が「生きて」と言ったんだ。 其れだけの理由で、此の世界が例えどんなに残酷であっても僕は生きねばならない。 君を裏切るような真似だけは死んでも出来ない。 生きる理由を与えてくれて有り難う。 いつかは其の理由も失って、死ぬことになるんだろうけど死ぬまで僕は生きることにするよ。
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