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私と彼女の話 (4)

 ファミレスは、休日の昼間なだけあってなかなか混んでいた。大学の最寄駅のすぐ近くという立地もあり、客層はかなり若い。ほとんどが同じ大学の学生だろう。少し見渡せば、簡単に知り合いを見つけられそうな雰囲気だった。 「カナ先輩も言ってたけどさ、ナナ、卒論どう?」 「うう、ちょっとピンチかも。最近良い文献が見つからなくて、ちょっと行き詰ってるなあ。」 「そっか。そっちの学部はもう結構追い込みなんだよね。」 「そうなのー。年明けたらすぐ提出だし・・・もう大変だよー。」 「あーあ、私も早く実験結果出さなきゃ。」  注文した料理を待ちながらそんな会話をしていると、 「お、いらっしゃい。」  と後ろから声がかかった。振り返るとそこには背の高い男性店員の姿。私と同じ学部のマコトだ。そういえばこのお店でバイトしてるって、いつだか話していた気がする。 「あ、今日シフト入ってたんだ。」 「久々にな。最近研究ばっかりでなかなか入れなくてさー。」 「ああ、君のとこの教授、人使い荒いもんね。」 「まーな、まあガッツリ研究したくて入ったから良いんだけど」 「あ、そういえばマコト、大学院行くんだっけ?」 「お?言ってなかったっけ?」 「マコトからは聞いてないよ。確か、ショウタとかミズキが言ってた気がする。私は院は厳しいなあ・・・もう既に研究しんどい。」 「まあ、よっぽど好きじゃなきゃ、朝から晩まで研究なんてやってらんないよな・・・っと」  そこで、ぼんやりとカフェラテを飲んでいるナナの存在に気づいたらしく、 「そっちは?」  と小声で聞いてきた。別にそんな小声じゃなくても・・・と訝しみながら、私は答える。 「軽音の同期。今一緒にバンド組んでてね、練習帰りなんだ。」  そう言うとマコトは怪訝な顔をした。 「バンドって・・・二人で?」 「あー、まあバンドとはちょっと違うか。私もあの子もキーボードだから、二人で連弾やるの。」  ふうん、と言ったかと思うと、何を思ったのかマコトは急にニヤニヤし始めた。 「可愛い子じゃん。」  ああ、そういうことか。私は思わずため息をつく。  マコトはそこそこ学部でも話す仲で、なかなか気の良い奴だ。良い奴なんだけど、どうもこういう軽薄なところがある。ナナが可愛いと思われるのは嬉しいが、こういう言い方をされると複雑だ。可愛いでしょう!と胸を張りたい気持ちを堪えつつ、私はマコトのニヤケ面を睨みつけた。 「やめてよね、そういう見方するの。」 「いいじゃん。ここのところ男臭い研究室漬けだからな。こういう潤いが欲しいよな。」 「おい、あんまガン見すんな。」  言い争っていると、自分の話をされていることに気づいたらしいナナと目が合った。私のこと?というように首を傾げるナナに、 「あっ、ごめんね。こっちで話し込んじゃって。」  と慌てて私は取り繕った。まさか聞こえてないよな、と内心冷や汗をかく。対するマコトは相変わらずのニヤケ面で、 「おっと失礼。ごゆっくり、お二人さん。」  と軽口を叩きながら仕事に戻っていった。私はその背中を思い切り睨み付けながら、 「サボってないでちゃっちゃと働いて来い、ばか。」  と罵声を浴びせておいた。 「学部の友達?仲いいんだねえ。」  ナナを蚊帳の外にして話し込んでしまったことも気にする様子なく、そう言っておっとりと笑っていた。これだけ言い争っているのを仲が良いで済ませるナナは、さすがというかなんというか。まあ、こういうところが彼女の魅力のひとつなんだけど。 「ほんとごめんね、研究室配属になってから、授業もないし同期にもなかなか会えなくてさ。つい色々話しちゃった。」 「いいよいいよ。私も同じ学部の子に全然会えてないなあ。」 「ありがと。ほんと、なかなか会えなくなってくるよね。」  当たり前に顔を合わせていた人たちと、なかなか会えなくなる日が来る。いつかそんな日がやってくることは分かっていたけれど、もう私たちはその分岐点にいるんだ。  いざその事実を目の当たりにすると、複雑な感情が首をもたげる。今でこそこうして毎週のように会えているナナとも、気軽に会えなくなる。文化祭が終われば練習のために毎週集まることはなくなるし、卒業してしまえば尚更だ。  浮き沈みの激しく、心が騒がしい毎日。私は、この日々を続けていたいと思っているのだろうか。それとも、いっそ早く終わらせてしまいたいと思っているのだろうか。  自分でも、分からなくなる。  離れたほうが、きっと楽だ。でも、離れるのは寂しい。そんなジレンマが頭をぐるぐる巡って、やまない。 「ハルって、実は結構寂しがり屋さんだよね。」  私がハッと顔を上げると、ナナが心配そうに私の顔を覗きこんでいた。 「なんだか、寂しそうな顔してる。」  こういうところ、ナナは妙に鋭い。誰かが落ち込んでいたり、悲しんでいたりすると、いち早く気づいて、手を差し伸べてあげる。それは、彼女の優しさの表れだろう。その優しさを嬉しく感じると同時に、きっと誰にでもこうして声をかけるんだろうな、という寂寥感が私を襲う。  こんなことを考えてしまうなんて、私は本当に嫌な奴だ。 「大丈夫だよ。卒業しても、私はハルに会いに行く気満々だから。」 「ん、ありがと。ナナ。」  そう言って笑いながらも、分かっていた。実際に生活環境が変わってしまえば、なかなか会うことなんてできなくなる。高校時代の友達とも、大学に入ってからは徐々に疎遠になっていった。すごく仲の良い友達だって、会えるのはせいぜい三,四ヶ月に一回くらい。  友達っていうのは、そういうものだ。  でも、今はナナのその言葉が嬉しかった。会いたいと思ってくれることが、それだけで嬉しかった。今の私には、それで十分だ。 続く

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