日常 | 文字数: 1666 | コメント: 0

嫌いな物

 嫌いな物があった。
 その嫌いな物を腰に佩いでいる刀で叩き斬ってやりたかった。
 しかし自分はその嫌いな物を斬れるか?
 友はその嫌いな物の為に殉じた。
 自分はその友の意志を継ぎ戦ってきた。
 戦ってる中で他の友が死んでいた。
 その度に嫌いな物を憎んだ。
 ある友が言った。
 これを故郷で揚げるのだと。
 しかし友は斬首され首を晒された。
 それを知った時は自分は刀を嫌いな物に向けた。
 だが、嫌いな物は斬れなかった。
 斬れない自分の不甲斐なさを笑いながら、自分は嫌いな物を背負って戦い続けた。
 
 明治2年(1869)5月
 土方歳三は馬を走らせていた。
 その周りには数十名の額兵隊が走っている。
新政軍が函館に総攻撃をしかけてきた。そして重要拠点の弁天台場が包囲されていた。それを救出するために出撃した。
 蝦夷共和国総裁榎本武揚は出撃を止めた。
 歳三は困り顔で止める武揚の顔を見て心の中で溜息をついていた。
 
 『この男の心の奥では降伏を考える』

 この男に曖昧な嫌いさがあったがそれがはっきりと分かった。

 『総裁。私は戦います』

 と、言い

『私は武士です。私は最後まで戦います』

 何のために戦う?

 歳三の中で一瞬出てきた疑問。

 蝦夷共和国の為?
 徳川の為?
 武士の意地の為?

 頭の中にいくつもの答えが浮かんでくる。その中であるものが浮かんできた。

『誠』

 歳三は一瞬、歯ぎしりをした。一番自分が嫌いな物であった。
 歳三の顔お見てに対面していた武揚は一瞬冷や汗をかきながらも説得したが、歳三は出撃すると頑とした。
 
 何の為にこの蝦夷まで戦ってきたのか

 馬を走らせながら前を見る。包囲されてる味方の中から微かに旗が見えた。『誠』の旗が。
 歳三は顔を険しくさせる。
 あの旗の為に皆は戦った。しかしあの旗のせいで友達は散り去った。
 銃声と大砲の音が響く中、前方から敗走する味方が見えた。
 土方は馬の腹を蹴り刀を構え、先頭に敗走する味方の首を刎ねる。

「退くな!!」

 刎ねた首元から血飛沫を飛び歳三の顔にかかる。
 その場が固まる。

「聴け。貴様ら、俺の後ろに退く奴はこの俺が直々に首を刎ねるぞ」

 歳三の罵声が固まっていた場が動き出す。誰かが雄叫び声を上げる。次々と雄叫びがあがり味方達が戦い向かう。

「これでいいだろ。近藤さん」

 『誠』の旗を見る。懐かしい返事が聞こえた。

「しかし、俺はあの旗が嫌いなんだよ」

 周りが雄叫びが上がる中で小声で言った。
 最初はその旗には夢があった。小さかったがそれを共有できる者がおり語り合っていた。
 しかし時が経つにつれ変わって行く。そしてその旗が段々と青から黒に変わって来るのが見える。
 友が切腹して、病気で倒れ、首を斬られた。
 それを見る度に旗は黒くなり、皆で語った夢は色あせる。
 
「嫌いだ。しかし」

 最後は夢の為に戦った。
 土方も雄叫びを上げ突撃する。新政軍の一人・二人を斬り伏せる。
 新政軍の兵達が顔が引き攣っていた。
 土方の顔・体には血がそこら中についていた。

「薩長の野郎ども。俺が新選組の鬼の副長の土方歳三だ!!」

 歳三は怒鳴る。新政軍の兵が一瞬止まる。
 歳三は感じた。小さいが道が出来てる事を。そしてその先には『誠』の旗が立っていた。
 
 幻

 歳三はそう感じた。横腹に痛みを感じていた。
 本当は地面に倒れてるだろうと思う。しかし馬に乗ってる。

「俺は、お前の事が嫌いだ」

 道の向こうにいる『誠』の旗はただはためいてるだけだった。

「しかし、それでも俺を迎えてくれるのなら行こう」

 歳三はゆっくりと馬を進めなびく『誠』の旗に向かった。 

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