旧祭り
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祭りの練習
夢追いかけ年老いたひとりの老人は、小さな指輪に詫びる。
老人はこの小さな指輪を何よりも大切にしていた。
小さな指輪はプラスチックで出来ており、上にはクワガタの装飾がされていた。
見るからに子供のオモチャで、安っぽい指輪であったが、この老人にとっては幸せの想い出が詰まった指輪であった。
また、老人は死刑が確定し、現在は福岡の刑務所の独房で執行日を待つ身であった。
老人は頼み込み、このクワガタの指輪を刑務所に持ち込み、毎日手に取り眺めた。
若き頃の老人は、宇宙自動車の研究に没頭し散財した。
自身が作った自動車で宇宙に飛び出し、宇宙で月見をすることが若き頃の老人老人の夢であった。
研究が進まず、いよいよ資金が尽きた時、妻や子は消えていた。
歯科医が本業であった若き頃の老人は裕福ではあったが、研究には莫大な費用が必要であり、到底賄えるものではなかった。
破産からの闇金。絵にかいたように人生を転げ落ちた。
毎日、金融の取り立て屋がやって来た。
「おら、おっさん金払わんかいボケ!」
家のトイレの中で耳を塞ぎ、ガタガタと震えた。
恨んだ。
「これも全て、家族が悪い。俺が研究に打ち込み、家財を尽くす前に、家族は俺をなぜ止めなかったのだ」
こう思い立った若き頃の老人は、台所から出刃庖丁を待つと、実家へと帰った妻と子を、あろうことか、殺傷してしまった。
幸せだった頃、子供にねだられ買った、小さなクワガタ型の指輪。
老人は毎日、独房の中で、指輪に詫びていた。
老人の独房の中の鉄格子から見える月はとてもきれいだった。
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