シリーズ | 文字数: 3043 | コメント: 0

魔女の弟子入り 下

私は、魔法使いに拾われた。 * * * 「うん、おいしい。また腕を上げたね、リヒター。」 「………えっ?あ、セージ、様?」 理解が追いつかない。目の前には数時間前とまったく同じ景色が広がっていた。 「うん?どうしたんだね、リヒター。」 「あの、セージ様。村は?」 「夕方に一件診察があるね。そのときに行くが、何か欲しいものがあるのかい?」 私はそのとき、セージ様の言葉を思い出した。 (……リヒター。君には必要なことはある程度教えたつもりだ。) 必要なことは、教えている。 「……セージ様!村が大変なんです!もうすぐ火山の噴火が始まります!その前に止めないと!」 「なんだって!?……そうか、そういうことか。」 セージ様は何かを納得すると、すぐに身支度を済ませた。 あの噴火の時間になる前に、火山へ駆けつけた。 「確かに兆候が出始めているね。しかし進行が早いな。避難が間に合わない。」 「か、火山の噴火は止められませんか!?」 「……遅らせることは出来るだろう。私がここに留まり溶岩に干渉すれば時間は稼げる。」 それでは意味がない。セージ様を助けられない。 間違えたのだろうか。おそらくセージ様は魔法で私の意識をこの時間まで飛ばしたのだ。セージ様には何か理由があって自分では村を救えない。だから私に託した。 でも、私は間違えてしまった。このままではみんなを救えない。 (リヒター。君は強く、そして優しい子だ。そして感性の鋭い、賢い子だ。) (……間違えることはない。) (リヒター、君なら絶対にできる。) 違う。セージ様は言った。必要なことは教えた。私なら絶対にできる。 (リヒター。君には特別な力がある。魔法は万能ではない。だが君なら万能に限りなく近づける。) セージ様は言った。魔法は万能ではない。……この言葉、何度か聞いたことがある。もう少し前に…… (魔法もそこまで万能では無いさ。それに、使い過ぎは良くない。) セージ様は言った。使い過ぎは良くない。……でも、私なら万能に近づけるとも言った。2つの言葉は若干矛盾する。いや、対になっている? 万能ではなく、使い過ぎは良くない。何度も使えない。対になっているのは…… 「私なら……何度か使える?」 「り、リヒター?どうしたんだね?」 セージ様は言った。必要なことはもう教えているって。 私がするべきことは?できることは? 私なら、今ここで私しかできないこと…… (君はすごいね。たしかこの料理の作り方も、この前一度見せただけだろう?) 一度見たものを覚えるのは得意……。 私なら、あの方法がある。いや、アレしかない。 私は覚悟を決めた。間違えていたらなんて考えない。セージ様を、信じているから。 「セージ様、待ってて!私、今からみんなを助けてみせるから!」 私は村に急いで駆け降りた。事は一刻を争う。躊躇する暇は無い。 火山の噴火を阻止する事はセージ様にもできない。ならばみんなが助かる可能性は1つしかない。 「おや、リヒターお嬢さんじゃないか。今日はどうしたんだい?」 村の人たちが周りに集まってきた。 私は全員が声の届く範囲にいることを確認して、大声で叫んだ、 「時間がありません!今から魔法をかけるので、意識が戻ったら全員でこの村から避難してください!火山が噴火するんです!」 言い終わると、私は地面に膝をついて祈りの姿勢をとった。 見様見真似だったが、魔力の動きは眼で覚えていた。ただ、それをなぞればいい。これで 村人全員の意識を、更に過去に飛ばせるはずだ。 しかし、まだ何かが足りなかった。 村のみんなが光に包まれたまま、何も起きていない。失敗したのだろうか。 目を閉じて更に力を込める。必死に、必死に。でも、まだ届かない。 力が、足りない。 私は泣きそうになった。ここまで来て失敗したのだ。みんなを、助けられなかったのだ。 諦めようとしていたその時、フッと力が抜けて楽になった。肩に温かいものが乗っている。 セージ様の手だった。そこからたくさん力が流れてくる。確信した。今なら出来る。村全体が、光に包まれた。 それと同時に違和感を感じた。セージ様の力で、この方法は使えなかったのだろうか。 セージ様は言った。私に託すと。 本当に託したのは、この村を噴火から救うことだったのだろうか。 (リヒター。君は今まで魔法を使ったことがあるかい?) 「あっ………!」 (そのとき、何か自分の身に変化はあったかな?) (……お腹が減った。) セージ様は、言った。魔法を使ったときには、自分の身に何か変化がある。 私は魔法を使ってお腹が減っても、後でご飯を食べればいい。つまり回復できる。 セージ様は……言った。魔法の使いすぎは、良くないと。 ……セージ、様、は………。 セージ、様は……取り返しのつかないものが……減ってしまう? 「イヤ……セージ、様……」 「…………。気がついてしまったんだね。リヒター。君が気負うことはない。……仕方のないことだ。」 この魔法は私だけでは力は足りない。そして、セージ様は私が使う魔力に迫る勢いで力を貸してくれている。もしも私が考えている通りなら、セージ様はもう…… 「そんな、イヤだよ……もっと、一緒にいたいよ……」 「…………リヒター。 君に会えてよかった。」 「セージ……様……」 振り返って手を伸ばそうとした時には、私の力は出し切られてしまった。 * * * 意識が戻った先には、セージ様の死体が残っていた。 私の魔法は村全体にかかっていた。つまりそれはセージ様も含まれる。セージ様は、私の魔法の効果で意識を飛ばす前に、力を注ぎすぎてしまったことで死んでしまったのだ。 そして、セージ様は力を注いでくれたとき、同時に私にも同じ魔法をかけていた。 だから、私には一連の記憶が残っていた。 セージ様の日記には、私に遺した言葉が沢山書かれていた。 セージ様の魔法の代償が寿命だったこと、私にこの家を遺すこと、ずっと後に教える予定だった魔法のこと、そして、私ならできるという信頼の言葉。 村の人たちはとても良くしてくれた。セージ様の追悼も、私の心のケアも。 でも私の心には、大きな穴が開いていた。 * * * もう何年経っただろうか。セージ様の後を継いだ私は、リヒターお嬢さんからセントリヒター様へと、呼ばれ方が変わっていた。 (リヒター。君は聖なる光だ。師匠として誇らしく思う。) 私は、聖なる光。セージ様はそう言ってくれた。 私はその言葉を信じ、胸の奥にソッとしまっていた。 ある日、森の中で薬草をとっていると、酷いケガをした子狐が倒れていた。 ケガの箇所には罠の痕がある。遠くの山村へ続く道に、ポタポタと血が垂れていた。遠くから歩いてきたのだろう、痛む足を引きずって。 幼い頃の、セージ様に拾われた自分の姿と重なった。 子狐の近くまで歩き、しゃがんで様子を見た。 真っ直ぐで無垢な瞳が、此方を向いた。 (リヒター。君には大切な出会いが待っている。君ならすぐにわかるはずだ。間違えることはない。) セージ様の言葉が、ふと蘇ってきた。 「ねえ、子狐。私の弟子にならない?」

コメント

コメントはまだありません。