旧祭り | 文字数: 1203 | コメント: 0

月が落ちる

 少女が本を持って、軽い足取りでクズ鉄の山を登る。  少女は丈夫な麻のズボンを履いていたが所々破れ体液がにじんでいた。  しかしそんことはどうでもよいとでも言うように、少女は廃材の山を登る。  とても軽い足取りで。  見上げれば、それはそれは美しい夜だった。何百年にわたり世界を塗りつぶしていた煙は上がらず。  血も凍るような冷たい風は、優しく雲を押しのけ宇宙(そら)にトッピングされた温かな星の光を少女に届ける。  少女は本を抱えなおし、白い吐息を吐きながら山を登る。  彼女には世の喧噪はもう届かない、海が月に引き寄せられ、世界を塗りつぶした油を流す。  命の消えゆく世界で少女は人が作った山を登る。  ゴミ漁りで偶然見つけた何かの建物、煤まみれの本がたくさんあって、そこで一冊の本を見つけた。  慎重にめくったページに描かれていたのは、油を掘る機械の無いどこまでも広く広がる海と、そこに映る月。  お菓子の家よりも、白馬の王子様よりも、恋焦がれた。  油と鉄と煙の世界にその世界がやってくる。  星が流した黒い涙を引き寄せて、真ん丸な月が夜空からの涙のように零れ落ちてくる。  少女の眼からは黒い雫が落ちている。この星の人々の身体には赤い血はもう流れていない。  壊した世界で生きる為、彼女たちは生まれ持った姿を捨てた。  少女だった機械はクズ山を登る。この体にもし魂が宿るならその意思に従うために。  廃熱の為の空気の放出は白い吐息となり、まるで彼女が人間であったことをを示すようだ。  この世界が嫌いだった。でもこの世界でないと生きていけなかった。  生きるために油を求めた。自分たちがそうしたくせに。  それももう終わる。この山のてっぺんで終わる。  機械は体液を垂れ流しながら軽い足取りで山を登る。  ほどなくして機械は山を登り切った。そのレンズに映るのは、月と太陽と海が交わる光景だった。  黒い海が赤く染められる。かつてこの体に流れていた液体の色と同じ色に。  涙が落ちる、白い月と赤い太陽と人々の黒い液体の三つの涙が落ちてくる。  老いた星の少女だった機械は、今だけは朝日に塗りつぶされ人になる。  少女は本を慎重に開き、何千回と開いた挿絵のページと目の前の光景を見比べる。  レンズに体液がへばりつき、屈折する光は小さな指輪のように愛おしい。  そのレンズに映された世界の姿は、かつて世界の終焉を描いた挿絵と同じ、美しい滅びのありようだった。  そして少女は、その場で役目を終えたように崩れ落ちる。  数多の彼らの死体でできたクズ鉄の山は、月が落ちるその時を待ちながら、静かに黒い涙を流し続けていた。 

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