日常 | 文字数: 1183 | コメント: 0

ボケ爺ちゃん

<家>  腰の曲がった爺ちゃんが、ぶつくさ言いながら襖を開けて、入ってきた。 「おーい、飯くれ! 飯!」 「あなたには、食物摂取は必要ありません」 「なんじゃ、若僧が難しい言葉で酷いことを言いおって!」 「事実を述べたのですが……」 「それなら、『テメェに喰わせる飯はねぇ!』とか言われた方がマシじゃ!」 「ところで、その卓袱台の上のものは、何ですか?」 「おぉっ! なんじゃ! 飯はあったのか!」 「怒りますよ」 <老人ホーム>  爺ちゃんは今日も機嫌が悪い。 「まったく、ワシをこんなところに追い出しおって!」 「仕方ないでしょう? 家を維持できなくなってしまったんですから」 「もう……、ワシは家には帰れんのか?」  珍しく少し寂しそうだった。 「少しは家のことを思い出せそうなんですか?」 「何日帰ってないと思っとるんじゃ! 思い出すどころか、忘れる一方じゃ! あー、こんな殺風景な部屋じゃなくて、家に帰りたい!」 <病室>  爺ちゃんは、ベッドで寝ていた。もう、ずっと前から。 「この部屋はつまらん。老人ホームの方が、まだマシじゃ! 医療機器以外は、ただ真っ白で!」 「そんなのその気になれば、どうにでもなるでしょう?」 「なるかっ? 寝たきり老人に何が出来る?」 「その気になれば、100m9秒台も夢じゃないでしょう?」 「無茶言うな! あー、つまらん!」 <白い霞>  ただただ、広がる白い靄。 「なんじゃあ? ここは?」  爺ちゃんは、ちょっと不安げだった。 「とうとう、まともなものをイメージ出来ないほど、ボケてしまいましたか」 「どういうことじゃ?」 「あなたは、この世界の創造主なんですよ」 「そんな馬鹿な」 「いいえ、本当に創造主です。しかし、ボケてしまわれた」 「じゃあ、お前は何じゃ?」 「私は、あなたが、最後の力を振り絞って書いた、あなたが創造主であることを証明するメモのようなものです」 「ワシは死ぬのか?」 「『消える』と言うべきかと思います」 「誰か、助けてくれんのか?」 「この世界には、あなたの作ったものしかありません」  創造主は、しばし考えた。 「そうだ! 何でも思い通りになるなら、私の寿命だって……」 「それなんですが、ボケてしまわれる前のあなたの言葉です」 「なんじゃ?」 「『この世界に、私以外のものが作ったかも知れないものが、1つだけあった。……私自身だ』」 「……私は消えるとしよう」  無数にある世界の1つが消えた。

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