月がきれいだ
今夜は満月らしい。
* * *
「私、あなたに『月が綺麗に見えるから』って誘われたのよ」
「そうでしたね…」
「そうよ。つまり雨が降ってたら、あなたが私を家に誘う理由がなくなっちゃうのよ」
「おっしゃる通り…」
「…………さて、どうする?」
紗江さんは俺を試すようにジッと見つめてくる。憧れの彼女に勇気を振り絞って話しかけ、地道に距離を詰めてようやく取り付けたお誘い。その口実が天候によって崩れ去ろうとしていた。
「えっと…その……」
突然の雨に戸惑う俺を見て、彼女はふぅ、とため息をついた。
「落ち着いて。せっかくあなたから誘ってくれたんだから無下にするつもりは無いの。ただここまで無計画だとこの先が心配」
「ご、ごめんなさい……」
「謝ってる暇があったら別の口実を考えて」
これ以上ないチャンスを与えられ、混乱する頭で必死に代案を考える。
「あっ、手料理……」
「手料理?」
「はい、俺料理得意なんですよ。だから良かったら…」
「振舞ってくれるの?」
いい考えだと思っていた。紗江さんの目にも少し期待の色が見えた。しかし肝心なことに気がつく。
「あっ、でも今食材が……お金はそこそこあるんですが……」
紗江さんが頭を抱える。申し訳なさで頭がいっぱいになった。
これは、嫌われただろう。流石に見限られた。サヨナラ、俺の恋。
雨に降られて、彼女にフラれて。なんだか人生棒に振ったな……
「……月、キレイね」
「……えっ?」
紗江さんが突然ポツリと呟いて、俺は戸惑った。
「月がキレイね、今日は。お月見がしたい気分だわ。月見酒でちょっと酔いたいのよ」
「いや、でも雨で月は……」
「キ・レ・イ……ね?」
なぜか言葉のガブリ寄りで押し負けてしまい、俺は黙って頷いた。
「ひとり酒じゃ寂しいから相手してちょうだい。確かあなたの家からよく見えるんでしょう?あぁ、それならその辺りのスーパーでお酒買わないとね。そういえばあなた料理得意なんだっけ?おつまみになりそうな簡単なやつで良いから作ってくれるかしら。『スーパーで買うお酒』の、ね…」
そこまで言いきると、また少しため息をついてジッとこちらを見つめる。
「は……はい!喜んで!」
2人で買い物に行く道中に、次はちゃんと考えて来てね、と少しお叱りを受けた。
コメント
コメントはまだありません。