旧祭り | 文字数: 2436 | コメント: 0

夢繋ぎ

あなたの夢は、なんですか?

* * *

「あぁ?夢っていうのは、あれか?将来の夢ってヤツかね?」
駅から徒歩10分ほどの場所で花屋を営む初老の男性と、その店の従業員をしている20代の女性。この2人にとって『夢』とは何だろうか。私はそう質問した。
「もしそうなら、こっちの笹田ってヤツに聞いた方が良いぜ。俺みたいな老いぼれよりもな」
「またまたぁ、この前もっと店をデカくしてやるって言ってたじゃないですか、良臣さん」
「それは『目標』だ。夢じゃねぇよ。
あえて答えるとしたら…そうだな」
2人は顔をチラリと見合わせると、ニヤリと笑って同時に言った。
「この店がまさに夢そのものだ」

* * *

「夢、ですか?由香はどう?」
「公務員。市役所のね」
「うわぁ、現実的……」
「そろそろ現実見なきゃいけないでしょ。というか、そういうミヤはどうなの?」
「私はまあ…公務員?」
幼馴染みだという2人の女子大生。
一時期転居して離れていたらしいが、偶然にも通う大学は一緒だったという。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
「あれ?ミヤってそうだっけ」
「そうっていうか…由香と一緒がいいもん」
「そういう甘い世の中じゃないと思うんだけど…」
そう言いつつも、由香さんは嬉しそうな表情をしていた。
「とにかく、夢が何かって言うとしたら、由香と一緒にいたいです!」
傍に見えるコルクボードには2人で写った写真と、紙の切れ端で作ったような小さな指輪が、その夢を叶えるためのおまじないのように飾られていた。

* * *

「夢、ですか…この歳で聞かれるとは思ってもみなかったなぁ」
ある会社に勤めている男性の話は、ある料理店で行うことになった。
「こちら、天そばになります」
途中、男性の注文した天そばがウェイトレスの少女によって給仕された。
ふわっと香りをまとった湯気を立てるつゆ、職人技で綺麗に切られた蕎麦麺、カラリと明るい黄色の衣を着た天ぷら。そこまではいい。普通だ。美味しそうだ。
「あぁ、店員さん。この天ぷらの上で仁王立ちしているナマモノってやっぱり……?」
「…こちら、トッピングになります」
ウェイトレスの少女がトッピングと言い放ったそのナマモノは、紛れもなくクワガタである。
「やっぱりなぁ。最近コイツを見ながら食べる麺が美味いと気づきまして。
ああ、どうぞあなたも、召し上がってください」

* * *

「夢ですか?もっと良い条件の会社に転職したいです」
あるIT企業に勤める男性は疲れきった顔でそう呟いた。
転職して良い条件になったらどんなことがしたいかと話題を変えてみる。
「おお、そういう話は夢がありますね。そうだなぁ…
美星が…あっ、妻がこの前『宇宙に行ってみたい!宇宙旅行!』とはしゃいでいたので、お金に余裕が出来たら連れていきたいですね。
…あっ、現実味のない話なのは分かっているんですよ?ただ俺が他の会社に行く頃には宇宙旅行くらいザラになってるんじゃないかなって……」

* * *

「夢、ですか?
…昔の私なら、自分の感情が分かるようになりたい、でしたが……」
無味乾燥な表情を浮かべ、その女性は答えた。
「ほら、それこそ『3つの涙』ってあるじゃないですか?
本を出す前は夫が私に教えてくれたことでした。アレがなければ、今頃こんなに幸せにはなれなかったなぁって、今は思います。
だから……そうですね、あえて言うなら」
女性は娘を抱え上げて、フッと口角を上げた。
「この子に、夫のような…自分を導いてくれる人に出会って欲しい…ですかね」

* * *

「芥川賞!」
小説家 瀬川 亜紀には愚問だったようで、そう即答された。
「あはは、新人賞のインタビューのときもそう言ってたよね」
「子どもの頃からこれ一直線だからね。私は。…それで、幸弘は?」
「……えっ?僕の?なんで?」
瀬川先生の弟さんは困惑している。それはそうだろう。普段取材といったら姉に対してのみだ。
しかし、だからこそと言うべきか。私は彼の夢も聴いておきたい。
「……そうだなぁ。これを夢と言っていいのか分からないけれど、姉ちゃんの作品をいの一番に読み続けたい…かな」
「ほ、ほう…嬉しいことを言ってくれるねお前は」
姉弟揃って照れている。
「姉ちゃんの好きな世界…読んでて、面白いからさ…」
「ふ、ふーん?そう?まあそう言われると読ませてやるのもやぶさかじゃないとか言ってみたりして……」

* * *

「夢、ねえ。この子がもう少しシッカリとしてくれるとお姉さん嬉しいわ」
「も、申し開きもございません……」
同じ会社に勤めるカップル。この2人は女性の方がカーストが上のようだ。
「『月がきれいに見られるからウチに来ませんか?』って誘い方からすでに及第点ギリギリだったのに、その日の天気も確認していなかったのよ?」
「ま、まさかスーパームーンの日に雨が降るなんて思わず……」
オドオドとする男性に対して女性は頭を抱える。
「……まあ、からかい甲斐があるってところはかわいいんだけど…」
「紗江さぁん!」
妙な距離感だが、この2人はなんだかんだでうまく行きそうな雰囲気を醸し出していた。

* * *

今年の挨拶回りは完了した。
この1年も、私は多くの人の物語を書き留めた。
彼らの物語はまだまだ続くのだろう。しかしこれ以上描くと長編になってしまう。
その一部を選ぶからこその魅力が、短編だからこその魅力があり、私はそれに取り憑かれたようだ。

最後に私の夢を語るならば、これから新たに来る年で、また新たな人物の物語を書き留められることを願い、筆を置くとしよう。

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