恋愛 | 文字数: 1259 | コメント: 0

モチ

 僕の彼女は、僕よりも餅を愛している。  そんな餅にヤキモチを妬いてしまっている僕がいた。  餅に対してヤキモチを妬くなんて馬鹿げた話だが、今が望年とあってか、彼女は僕の持ち出した話題より、餅を焼くのに興じている。  餅を焼く後姿。  彼女の肌は、触らなくとも見て分かるほどのもち肌。  彼女の焼いている餅よりも、そのもち肌を食べてしまいたい、そんな邪なことを思い、テレビはつけたまま、後ろから彼女を抱きしめ持ち上げようとする。  すると「今、餅焼いているから、あとでね」と拒まれる。  そんな彼女と出会ったのは、望月が照っている、大学の校門前だった。  ひっそりと佇む女性がいたため、不思議がり「どうかされましたか?」と声をかける。  すると、少し訝しがりながらも「待ち合わせしているので」と言われる。  次の日から、朝、度々男と一緒に通学するのを見て、彼氏持ちなんだと、告白してもいないのに失恋した気になり、心が痛くなる。  しかし、彼氏持ちだとしても、彼女を見るたびに好きな気持ちは大きく膨れるばかし。  そして、望月の日に彼女を知ってから2ヶ月後、また校門前で佇む彼女を見かけ、話しかける。 「また、待ち合わせですか?」 「ああ、あの時の」僕の顔を憶えていた。「お兄ちゃんが、教授と話があるって長くなるからちょっと待ってて、と」 「あ!お兄さんいるんだ。それも一緒の大学って」 「家からこの大学まで家が近いんですよ」 「へー、そうなんですね」  少しの沈黙が流れる。 「じゃあ、度々朝見かけるんですが、一緒に通学しているのって……」全てを言い切る前に「そうそう。その人が、お兄ちゃん。2個上だし、講義時間も全然違うのに、教授と話があるからって、時たま一緒に来るんです」 「仲いいですね」 「よく言われます」  少し笑う彼女を見て、さらに好きになる。  彼氏持ちではないことを安心し、そして「時間があるとき、一緒にお食事にでも行きませんか?」と誘ってみる。 「時間があれば」と、今度は苦笑いを浮かべ、オブラートに包まれ断られる。  だが諦めず、それから数回誘うと、観念したかのように「1回だけなら」と了承を得る。  それをきっかけに、僕と彼女は付き合うまでに発展した。  その彼女は、餅を焼き終え、今は海苔を巻いたり、きな粉を振りかけたり、あんこに絡ませたりと、背中越しでも伝わる幸せの真っ只中、だった。 「一緒に食べよう」と、テーブルには3色の餅が並べられる。  彼女はその餅を口にしながら「やっぱり、好きな人と食べると餅は最高だね」と嬉しい言葉を僕にくれた。  その時、餅に抱いていたヤキモチもすっと冷め、僕は彼女の中では2番目でいい、人類の中で1番ならそれで十分だ、と思うようになった。  餅のお陰で幸せムードの中「美味しい?」と訊いてくる彼女に向かって、持ち前の笑顔で「もちろん」と答え、きな粉が付いた餅みたいなぷっくりとした唇にキスをする。

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