旧祭り | 文字数: 4190 | コメント: 0

あなたの好きな世界にクワガタのトッピングを 

 これは大学生活二年の学園祭に起こった話である。
 結果が結果の為、話してよいか迷うのだが、どうしてあのような結果に終わってしまったかという経緯を報告したいと思い筆を取ったしだいである。

 さて、問題の舞台となる学園祭だが、この文章を読むであろう読者諸君に置いては説明不要であるはずだ。
 しかし、もし、念の為、なんの因果か全く関わりが無いにも関わらずこの文を読む羽目になった哀れな読者の為に簡潔に説明をするならば『食べれる範囲なら何ぶちこんでもかまわない闇鍋』とでも例えればしっくりくるだろう。

 つまり、兎にも角にも混沌なのである。生徒の自治を重んじるという、手に負えないから責任を放棄したとしか思えない大学の怠慢の為に、サファリパークから脱走した動物のごとく暴走する学生の狂喜乱舞がこの学園祭というわけだ。
 昨年度までのその暴走行為を一部羅列しよう。

・「月がきれいですね」とささやき続ける二宮金次郎像を校内27カ所に設置(内数体は通行人を走って追いかけた報告あり)
・ペットボトルで作った全長5メートルの巨大怪獣を設置、数時間ごとにバカげた量の水を通行人に吐き出す(頭上からの大量の水の衝撃で通行人二人がむち打ちを訴える)。
・屋台でクワガタの串焼きを作り(粉山椒をかけたもの、タレ、塩、などがあった)謎の技術をもって焼き鳥に見せかけ販売する。
・「今回の祭りは三作投稿します!!」と書かれた横断幕を掲げシュプレヒコールを行う(内容は酢豚にパイナップルは不要というものだった、横断幕との関係性は不明)。
・アドバルーンにて『教員大安売り』と書かれた広告を打ち上げる(広告との関係性があるかは不明だが毛荷尾教諭が現在も行方不明。捜索は打ち切られている)。

 ここに書かれているものは極一部だが、それだけでも恐ろしい事態である。警察の介入に期待したい。
 あまりにも無茶苦茶やるので一般開放ではあるが、『学祭に参加するものは自分の身を自分で守る』という誓約書を書いて出ないと参加できないほどだ。

 そんな無茶苦茶な学祭の実行委員長にこの度任命されたのが私であり、そして千言万語を尽くそうとも、その愛くるしさを説明することは困難極めるであろう宮崎氏が副委員長に選任された。
 この文章を宮崎氏が読まないことを祈りつつ文を続けよう。
 
 課題提出という学生に置いて至極どうでもよいことをすっぽかしたために、あの憎き○○○○○○(お下劣な言葉の為に伏字で失礼)教授に目をつけられたのが運の尽き。
 もはやこれまでかと天に己の運命を呪うが一筋の光明がさす、我が学園のアイドル(決して大袈裟な表現ではなく彼女はまさに男子学生の偶像であった)宮崎氏も実行委員とのこと、このことには私だけではなく、他の実行委員も助けられたことは想像に難くない。
 どうやってサボってやろうか考えていた我々は、意気揚々と学祭の会議に参加した。

 さて、ここまでつらつらと文章を書き綴ってきたがここからが本題である。
 この度学園を震撼させた『クワガタ爆散トッピング事件』はここから始まったのだ。

 会議室に行く頃にはすでに宮崎氏が各員の机に資料を配布していた。
 肩にかかる程度髪をかき上げながら、小さな体躯でイソイソと作業する宮崎氏にはやる気がみなぎっており、老いたロバのごとく仕事をする気などなかった私もふんどしを締め直し宮崎氏とともに学祭を盛り上げようと思ったのだった。

 氏は私に気付き。わざわざ資料を持ってきた。A4用紙20枚ほどだろうか、私に対して

「○○君、一緒に頑張ろうね」

 と女神のような笑顔をともに手渡された。その資料の表題がこうだ。

【やはりクワガタでなければ!!】

 眩暈がした。なにかの悪い冗談かとも思ったのだが、宮崎氏は瞳を輝かせ自信に満ちた表情でこちらを見ている。
 この時彼女に対して「何か悪い冗談だよね」と言える者がいるだろうかいやいない。

「素晴らしい、情熱に満ち々た題だと思う」

 そう言い切った私に後悔はなかった。読者諸君はお前がここで止めておけば良かったのでは? と、お思いかもしれないが、それはもう無理だったのだ。
 地球の自転を止めることは叶わない、美女の意見に反対することもまた叶わぬことなのである。

 数分後に定刻通りに集まった。下心丸出しの男共も同様の意見だった。ちなみに学祭の実行委員は自ら立候補した宮崎氏以外は単位取得の為に駆り出された者であり、全員男性であったことをここに追記しておく。

 一応は私が委員長のはずだが、謎の信念に燃える宮崎氏が主導をとり会議は進められた。

 宮崎氏の熱い演説は都合三時間ほどであったが、簡潔に説明すると。

 宮崎氏の出身である稲國なる地域では、クワガタ食なるものが残っており、住民も宗教のようにクワガタを信奉しているとのこと、しかし残念ながら現在我が国ではクワガタを食す文化は広まっておらず、またクワガタに対する愛も極一部のものしか持っていない。
 そんな現状を打破するために学祭ではクワガタを全面的に押し出した催しをするべきだというものであった。(ちなみに上記に述べたクワガタの串焼きは宮崎氏が関わっており、わざわざ稲國のクワガタ焼き職人である陽日火氏を呼んで行われたものであることが判明している)
 
 一生懸命にクワガタへの愛を語る宮崎氏は大変に可愛らしいが正直なところ、宇宙から来たクワガタ星人にアブダクションされたのではないか、というのがその時の我々の見解であった。

 そんな我々の混乱をしり目にいつの間にか会議で採決されていた【やはりクワガタでなくては!!】というテーマをもとにパンフレット、出し物、予算は決められ、さらに悪乗りした学生どもにより『クワガタのゲシュタルト崩壊』と言われる学祭は開催されてしまったのである。

 ここまでが、今回の学祭であのみょうちきりんなテーマが採択された理由である。
 読者諸君はここまででもうお腹一杯であるとは思うが、もうしばらくお付き合いいただく。

 クワガタをテーマに映画、武道、屋台、コスプレ、お化け屋敷、バンド、小さな指輪、夢、みっつの涙、クワガタについての評論会(著名なクワガタ評論家である妻洋二氏をお呼びした)などが学生により作られて、学園側も何らかの企画をするというのが慣例であったために我々実行委員もイベントを考えた。

 そして宮崎氏による発案の【クワガタトッピング】というイベントが企画された。
 当初このイベントはクワガタを様々な料理にトッピングすることでクワガタの食としての汎用性を証明するという、只の悪夢のような企画だったのだが。
 食用として仕入れたクワガタ(寿司ネタ用のルリクワガタ)がなんの手違いか凶悪極まるヒガシバクダンクワガタなる近年稲國で発見された(発見者はクワガタ取材の第一人者である千也屋氏)ものと入れ替わってしまっていた。

 このヒガシバクダンクワガタの特徴的な性質は、単純かつ凶悪であり、その大顎で対象を挟んだ三秒後に爆発するというものである。
 その威力は怪異的クワガタに日常的に慣れ親しんでいる千也屋氏を持って「マジ死ぬかと思った」と言わしめるほどである。

 そんな事態になっていると知らぬままに学祭当日、想定通り百鬼夜行も裸足で逃げ出すであろうクワガタ夜行が学園中を練り歩き、宮崎氏の布教(ペリーも真っ青の布教速度であったと記しておく)により洗脳された学生の作るクワガタ食が一般客を地獄に叩き落としていた。

 そんな騒ぎの中、我々実行委員のイベントが始まる。
 寿司、ハンバーグ、オムレツ、みそ汁、ステーキ、などクワガタによく合う(と宮崎氏は言っている)料理が用意され、『生食用』と書かれた鉄の箱が開かれた。
 
 そこからの阿鼻叫喚は読者諸君のよく知っている通りだ。
 いたる所でクワガタが爆発し、その爆風で人が吹っ飛ぶ。
 勘違いしたミリタリー部が

「敵の攻撃であります!! 応戦します!!」

 とか言って明らかに玩具ではない銃を取り出し乱射をはじめ、その銃声に呼応するように学生VS爆発クワガタの戦闘が始まった。

 あるものは拳でクワガタを殴り飛ばし、あるものは弓で射貫き、あるものは的確に捕まえ調理を施す(宮崎氏である)。
 中には力及ばず挟まれ、吹っ飛ばされるものもいたが、学生たちの尽力により事態は収束するかと思われた。

 その時事件は起きた。

「○○君ずっと好きでした!!」

 飛び交う爆弾クワガタから身を守っている私に宮崎氏からの告白であった。
 まさしく急展開、宮崎氏がなぜこのタイミングでさほど接点のない私に告白したのかはいまだ不明であるが、私の答えは決まっていた。

「僕も好きでした」

 即答である。爆弾クワガタが周囲で弾け悲鳴があがる音すら祝福に聞こえる。
 なんというハッピーエンド、これにてこの文章は終わりを迎え筆をおくことにする。

 ・・・となればよかったのだがそうは問屋が卸さない。宮崎氏に憧れている男子学生(特に実行委員)の嫉妬による攻撃が私を襲った。
 飛び交うクワガタを掴み的確に投げつけてくる。
 その怨嗟たるや蜜をカブトムシに取られたクワガタの如し(私も毒されてきている)無駄に高いスペックを駆使し確実に逃げ道をふさいでくる。

 遂には逃げきれず、一斉に投げられたクワガタの餌食となり爆発し、あえなく病院へ緊急搬送された。

 その後見舞にきた宮崎氏にクワガタ料理を食べさせられるのだがそれはまた別の話。
 これが大学の講堂が吹き飛んでいる理由であり、今回の事件の概要である。

 読者諸君が私と同じ過ちを繰り返すことのないように読者諸君にアドバイスを送る。

 と思ったのだが、良い言葉が見つからない。なのでこの言葉で締めることにする。

『やはりクワガタでなければ!!』 

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