日常 | 文字数: 1934 | コメント: 0

もう一人の沖田

叔父は強かった。京の治安の守っていた新選組の一番隊隊長を務めてその隊の中でも一番強かった。

 叔父の名は沖田総司。

 自分は小さい頃からその叔父を見ていた。九歳、歳が離れていた。叔父は兄のような存在だった。
 いつもは試衛館で住み込みで剣術の稽古をしていたが、たまに家に遊びに来て遊んでくれた。
 優しく、しかし剣の事になると昔話に出てくる剣豪のような顔になる。
 自分もそうなりたいと思った。

「芳」

 叔父は自分の名前を言った。芳は昔から叔父から呼ばれたあだ名である。

「はい」

 自分は正座をしていた。目の前には布団で横になっている叔父がいる。
 顔は細くなり顔色は良くない。結核にかかっていた。

「今年で何歳になる?」
「十六歳になります」

 叔父の言葉に自分はハッキリと答える。

「そうか。私が十六歳の時はまだ試衛館で竹刀を振るっていた」

 叔父は懐かしそうに言う。その時は自分はまだ子供だった。やっと子供用の竹刀で素振りができるだけだった。
 そして時々に遊びに来る叔父が相手をしてくれた。
 叔父は子供だからといって容赦がなかった。終わればボロボロになっていた。
 
「芳は剣術の才はあるからな」
「そうですか?」
「そうだ。新撰組で一番強い私が言ってるんだぞ」

 叔父はそう言ってニコと笑う。自分もニコと笑う。それは叔父にとって彼なりの冗談かもしれないが憧れの叔父に認められて自分は嬉しかった。

「もっと時間をかけて剣術の稽古をすれば確実に私を超えれる」
「そうですか?」
「そうだ。それだけ芳には才能がある」

 時間をかける。平和な時代ならそれも可能だろう。しかし時代は動乱になっていた。

 慶応4年1月3日(1868年1月27日)

 京で薩長連合軍と幕府軍の戦闘が始まった。戦闘は一進一退の攻防が続き、新選組も幕府軍の一隊して戦闘に参加していた。
 しかし叔父は結核で戦闘には参加できずにいた。
 戦闘の途中で薩長軍に朝廷の錦の旗が挙がり、幕府軍は敗走を始める。
 そして江戸で幕府軍は軍の態勢を立て直している。叔父の容態は悪化して養生をしていた。

「芳は今は林太郎兄さんと新徴組にいるんだろ」
「はい」
「そうか」

 叔父にとっては義理の兄にあたる沖田林太郎。自分にとっては父にあたる。
 五年前に浪士組として一緒に京に上ったが林太郎は京に残らず江戸に帰国した。その後江戸に帰った浪士組の一部は新徴組となり江戸の警備に当たった。新選組とは兄弟組織となり交流もあった。
 自分も新徴組に入隊していた。そこでは叔父とよく手紙を出してあい叔父の活躍に心を躍らしていた。
 しかし戦況は段々と悪化すると手紙の内容を殺伐としていた。
 そして結核を発病して手紙は途切れた。

「芳はこれから戦いに参加するのかい?」
「はい?」
「うん。新徴組は庄内藩に行くのだろう」
「あ.はい」

 新徴組は庄内藩に所属しておりそこに向かう。

「私は、江戸で残って戦いたいのですが」
「しかたない。規律は絶対だからな」

 新選組の厳しい規律は知っていた。新徴組もそれにならって規律を厳しくしてる。

「芳。もし敵軍と戦うなら覚悟しろ。敵軍は巧妙でしつこいと歳さんが言っていたから」

 歳さん。土方歳三。自分の中では大きなガキ大将な感じをしていたが、京では鬼の副長と呼ばれ恐れられていた。

「はい。肝に命じます」
「ならいい」

 叔父はそう言いながら布団から上半身をゆっくりと上げる。

「芳。俺はもう長くない。だからお前に私の刀を譲ろう」
「え? 私にですか」
「そうだ。まあ、人をそれなり斬ってるが切れ味は落ちてない」
「はい」

 自分は目線を移す。布団の横に鞘に収まってる刀がある。
 叔父の愛刀。これで京を守っていた。

「芳。頼む。私はもう戦えない。私の代わりに戦ってくれ」
「はい」
「そうか。ありがとう」

 叔父はまた布団に横になる。

「すまないが、少し眠くなったよ」
「分かりました。別室で少し待ってます」
「すまないな。本当に」
「いえ」

 そう言って叔父は目を閉じて眠り始めた。自分はまた叔父の刀を見る。

 新撰組で最強の剣士の刀を受け継ぐ

 自分の中で何かが騒いだ。自分はどこまで戦えるか分からない。しかしこの刀を受け継ぐには恥じない戦いをすると心の中で誓った。





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