日常 | 文字数: 1730 | コメント: 0

オーバーライト!

あるところにゲームをこよなく愛する男がいた。彼は毎日徹夜するほどPCゲームに熱中していたが、ある日、彼のPCが故障した。 OSのアップデートに失敗したのだ。どこかの下手くそが作ったちゃちなバッチが、彼のPCをめちゃくちゃにしてしまい、男は50を超えるゲームとセーブデータを失った。 データのバックアップは取っていなかった。毎日ゲームをクリアすることで頭がいっぱいで、身の回りのことすらままならなくなっていたから。 彼は自分の愚かさを悟ると、PCを押入れに放り込んで、近所の酒場へ通い始めた。ゲームの習慣を断とうとしたのだ。だが、試合に勝利した時の、疼くような快感が忘れられない。腹の底から叫びたくなるような喜びが。 すると、カウンターでやけ酒を煽る男の隣に、PCの販売員を名乗る女がやってきた。彼女は、男のパソコンが壊れた理由を知ると、こんなことを言った。 「弊社のパソコンはいかがですか? アップデートの失敗なんかで失望させたりしません」 「やめてくれ。もう懲りたんだ。ゲームは買わない、パソコンもいらない。特に、アップデートが必要なやつは!」 女はニヤリと笑った。 「VRゲームって面白いですよね?」 「大好きさ! 尻を隠せてない間抜けをスナイプするのとか••••••。だがもうやらない。ヘッドマウントディスプレイも捨てた」 「なんと今なら、無料でおつけします。新型ヘッドマウントディスプレイ」 「いらない」男は酒を煽った。「どうせまたアップデートがあるんだ、また壊れるんだ、わかってる」 「絶対に失望させないのに」 翌朝、男が目を覚ますと、部屋に新しいパソコンの箱が置いてあった。彼は頭を抱えたが、ゲームの誘惑には勝てず、PCを起動し、以前にも増してゲームに熱中した。 それから1ヶ月後、再びOSのアップデートがあった。男はゲームデータのバックアップを取ったが、いくつかのゲームは容量が大きすぎ、全部保存するわけにはいかなかった。 男は決心した。パソコンを売りつけてきた女は、「絶対に失望させない」と言っていた。もし失敗したら、賠償金をふんだくってやる。 男はアップデートを実行し、それは見事に失敗し、どこかの下手くそが作ったちゃちなバッチが、男のセーブデータをめちゃくちゃにした。 男は顔を真っ赤にして、女に電話をかけた。男の怒鳴り声を聞いても、女は全く動じなかった。 「オーバーライトは試していただけましたか?」 「そんな機能知らないし、誤魔化そうったってそうはいかないぞ」 「やだなぁ、事前にご説明させていただきましたよ。オーバーライトしていただければ、絶対に失望させませんって」 男は怒りを押し殺して言った。 「どうすればいい」 「メニューからオーバーライトを選んでください」 「日付を選べと出たぞ」 「昨日の日付にしてください。そしたら、ヘッドマウントディスプレイをかぶって、実行をクリック」 男はヘッドマウントディスプレイをかぶった。 『一度オーバーライトすると、二度と修正できません。実行しますか?』 「失敗しないだろうな?」 「私を信じてくださいよ」 男は少しためらってから、実行をクリックした。電流が走って、男の脳をこねくり回し、どこかの下手くそが作ったちゃちなプログラムが、彼の記憶をめちゃくちゃにした。 数時間後に目を覚ました時、男はすっかり忘れていた。アップデートに失敗したことも、セーブデータが消えたことも。 画面には、『オーバーライトが完了しました』と書いてある。 女が電話をかけてきた。 「どうでした? アップデートで、何か困ったことは?」 「何が何だか。アップデートは終わったのか?」 「終わってますよ。あなたが気づきもしないうちに終わったんです」 「すごいな••••••最高だ」 「当然です。私たちは絶対に、あなたを失望させません」 電話口の向こうで、女がほくそ笑んだ。

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