麦茶をもう一杯
ぼくは、談話室に駆け込んだ。何事か、と同僚のKは腕を開き、オーバーなリアクションを返してくれる。それでも収まりきらないぼくは、あまりの事態に、叫んでしまった。 「麦茶をくれっ!!」 アスファルトに蜃気楼がゆらぐ、暑い夏の日だった。 1.UFOが現れた 起こったことは、こうだ。丁度、4時間目の授業が終わるころだったはずだ。突然、校舎の屋上がビカビカッ! と光ったのだ。ぼくは最早、直感的にその危機を掴み取った。ユー・エフォー・・・UFOであると。そして、UFOは、この学校へと大気圏外から減速することなく侵入し、現在、学校の最高権力者である校長の脳への速やかなる侵入を試みているはずである。すると、タイミングよくドアが開き、なんと校長がどこか悲しげな眼をして入ってくるではないかっ! 2.体育のタイクーン先生 「いやぁ、大君(おおきみ)先生が、さっき、生徒を怒っていたみたいですけど、先生方、事情知ってますか?」 校長は、瓶に入っていたチョコレートの袋に手を伸ばした。 「あ、いえ・・・」 ぼくは、最早、校長の一挙手一投足のすべてを怪しげな目で見ていて、後から同僚のKには、「短い付き合いだったな、来年は転勤だ」と言われるほどの凝視だったという。校長が、えへん、と喉を気にすれば、「そうか! 奴は、喉からの侵入! そして腹を食い破って出てくるつもりか、ちきちょー!」と、心の中で思ったし、耳に小指を突っ込んでグリグリやるので、「定番! 安直! やはり脳に近い耳から行きますよね! そうだとしたらもう手遅れだ・・・」と思った。チョコレートを補給するのも、宇宙人の脳で人間の体を動かすことによるエネルギーの損失分を補うためだろう。コーヒーの入ったカップを手に取り、「大君先生の雷は、いつも大きいんですよね。学校中がビカビカッ! と光ったみたいに落ちてきますからね~」 校長がそう言うと、ちょうど、内線が室内に響く。電話の1コールを聞く前に校長はいつの間にか、電話の前に移動しており、受話器を手にしていた。「はい、校長のFです。ええ、復活しました」復活した!? 何が復活してしまったというのか。「ええ、すぐ行きます」 校長はそして、出て行ってしまった。 3.魔方陣という名の攻撃手段 「いやな雰囲気になってきましたな」部屋に入ってきたタイクーン先生は、そう言った。手には紙が握られていて、それには、大きな魔方陣が書かれていた。 「数学の問題ですか?」 同僚Kが聞くと、 「どうやら、この問題を解き、数字を埋めると魔法が使えるとかいっておりましてね」 「魔法、本当に最近の子は漫画の読みすぎですな。自分でも魔法が使えるかもだなんて」 「そんなのは、ぼくらだって毎日やってましたけどね」 ぼくがそう言うと、 「虚実をない交ぜにしているんですな」 タイクーン先生は、コーヒーを手にそう言って、ソファに座る。 「あと10年もしたら、そういう世界かもしれませんよ」 同僚Kは何やら楽しそうな顔をする。 「ほう」 「ARってご存知ですか?」 同僚Kは携帯電話を取り出す。 「VR眼鏡ってありますね」 ぼくがそう言い、 「ええ、VRは全く別の世界を作るでしょう? でも、ARは拡張現実。現実に虚構を重ねるんです」 そう言って、立ち上げたカメラ機能で、ぼくにうさ耳をつけて見せる。 「いやいやいや・・・遊ぶなて」 ぼくはカメラを脇に押しやる。 「おおっと!?」 パシャリ。画面はズレて、タイクーン先生のうさ耳バニー写真が完成する。 「・・・・・・」 3人でのぞき込む。 「まあ、ずいぶんと馴染めない世界が来そうですな」 「あってもなくてもいい、そういうのがいいですよね」 「形から入っても構わない。ただ、使っては捨てるじゃなくて、そこに信念があるか、だと思うんですな」 「そうですよね。何かを極めるということはいかにそれに拘るか、ですよね」 ぼくがそう言い、 「俯瞰的に見すぎているんですな」 「初期のゲームって魔法も最初は1人1種類だけですからね~」 「回復魔法は僧侶が使えたりとか、ですな」 「お、大君先生もイケル口ですか」 「ええ、誰しも冒険に出たものです」 タイクーン先生に空想のARで勇者の剣を持たせてみると、我々は3人のパーティとして、魔王とだって、戦える気がしてくるのだった。ただ、かわいい女の子がいないのが、ゲームソフトとしては売れなさそうな感じではあるけれど。 「あ、そういえば、先生、4時間目は授業でした?」 「いえ、丁度、授業をサボってこの魔方陣を囲んでいた生徒たちに雷を落としていたところでしたな」 「なるほど」 同僚Kが頭の中で時系列を整理する顔をし始め、。 「・・・。いや、まさか」 ぼくは現実と虚構がない交ぜになり始める。 「それがなんです?」 タイクーン先生は、怪訝な顔をする。 4.現実と虚構はない交ぜになって 「いえ、実は・・・」 ぼくは、校舎の屋上がビカビカッと光ったことを話す。なんのことはない、それだけの話。 「ははあ、なるほど・・・、サンダァァァァァアアアアアアッ!」 「いええええっ!?」 入ってきた校長、魔方陣で校長の中の宇宙人を攻撃を仕掛けようとするタイクーン先生、慌てて止めに入るぼくと同僚K。 「何やつ!? 名乗りを上げぃ!」 校長(!?)が堂々と構え、 「私は別の時間からやってきた! あなたは将来、世界を巻き込む恐ろしい事件を引き起こすっ! それを止めるのが、私のミッションだ」 タイクーン先生(?)が、名乗りを上げる。 子どもの頃はこうだった気がする。嘘があって、嘘を本当にしてきた。本当にできると思っていた。でも、いつからだろう・・・できることしか言わなくなった。できなかったときのことばかりを考えてしまうようになった。 「と、とりあえず、麦茶をもう一杯、どうですか?」 緊張で少し喉が渇いていた。あの頃たぶん、ぼくはそうやって、生きていた。
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