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メキシコ日和


 米国エルパソとメキシコ・シウダーファレス、かつては一つの街であった。

 二つの街の間を流れる川、リオ・グランデの上に架かる大きなサンタフェ橋をメキシコ側から米国、北をめざしぼくは独りで歩いている。ジョッキで飲んだマルガリータの酔いが残っている。 弥生ちゃんからのメールでリクエストされた帽子、メキシカンハット。とっても大きなメキシカンハットを頭にのせている。めちゃくちゃ恥ずかしい。だからアルコールを飲まずにはいられない。
 パスポートに出国スタンプを押してもらうときも東洋人には似合わないのか笑われた。グラシアス(ありがとう)と言うとさらにウケたのか右のほおにも出国スタンプを押されてしまった。 弥生ちゃんのリクエスト、ほんとうに困ってしまう。なにを考えているのかさっぱりわからない。
 
 大きなサンタフェ橋の上、米国側からベージュのモヘアキャスケットをかぶった弥生ちゃんが見えた。
橋の中央にある国境線をめざし南下している。南風が強いのかモヘアキャスケットを手で押さえている。ぼくが大きく手をふると弥生ちゃんは、ぼくに気づき、なんだろう? あっ、倒れたようだ。いや、ぺたんと座り込み何度も橋を手でたたいている。のたうつように笑っている。なんだか、悔しいなぁ。

 それでも、ぼくは止まることもなく歩き続ける。約束の国境線をめざして。

 あと一歩、踏み出せば異国の地。国境線をはさみぼくと弥生ちゃんは見つめあう。正確に言うとぼくの大きなメキシカンハットは、ぼくよりも先に国境を越えていた。
 弥生ちゃんの瞳からほおを伝う幾つもの涙、小さな胸の奥からこみ上げてくる笑いを堪えている。 実を言うとやっかいなリクエストが残っているんだ。ためらいながらも清水の舞台から飛び降りるような思いで弥生ちゃんへと絶叫する。

 「 せんだぁー! 」

 弥生ちゃんがそれに答える。「 みつおぉー! 」

 そして二人、二つの街の間を流れるリオ・グランデへと声を合わせて叫ぶ。

 「 なはぁ! なはぁ!」

 無意味なことに情熱をそそぐのも意外と心地良い。なんて考えているとぼくらはいつしか群衆に囲まれていた。手を打つ小さな音がしたかと思うと、それは拍手喝采(かっさい)へと連なり、ブラボー! なんて叫ぶやからも出て来てしまった。 中には感動して涙を流すご婦人もいた。弥生ちゃんは罪な人だ。ほんとうに困ってしまう。祝福、場の雰囲気を感じ取ったぼくはメキシカンハットを静かに外し、弥生ちゃんを抱き寄せる。そして熱く、燃えるような口づけをかわす。 拍手喝采(かっさい)は鳴りやまない。

 弥生ちゃんの瞳からは幾つもの涙がほおを伝う。 今度の涙はうれしいのかな、なんて、ぼくは勝手に感じている。
 

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