旧祭り | 文字数: 2266 | コメント: 0

煙突掃除

 T型アンドロイド35型は煙突掃除の為に作られた。
 
 彼の右腕は高性能のスチームを何時間も出し続けることができたし、当時流行りだった可燃性ガスによる深刻な煙突の汚れを環境に影響を与えないままに綺麗にすることは他のどのメーカーのアンドロイドもうまくいかないことでT型のみの特権だった。

 何百年も前のオールドなSENTOUの在り方は目新しく世界中で流行し、数秒で身体を清潔にできる紫外線シャワーを過去のものとした。
 
 湯を沸かすなら様々な方法で一瞬できるにも関わらず、わざわざ火を燃やし水を温めるという非効率的な普通ではない手段は世の科学者が言うには健康と美容に不可欠らしく、その為大量に発生する排ガスによる煤の除去という前時代の技術が求められた。
 もはやデータの海に沈んだその技術を掘り起こし、蒸気にて煙突の煤を落とすという画期的手段に辿り着き、効率化と安全の観点からT型アンドロイドが作られた。

 そんなSENTOUだが、結局のところ環境汚染という名目が流行り始めるととたんに町から姿を消し、今やこの町で稼働するSENTOUは一店舗のみとなっている。
 このSENTOUには一体のT型アンドロイド35型が働いている。
 実際の所、今このSENTOUはアンドロイド一体のみで運営が行われている。
 オーナーは20年前に脱サラをしてこのSENTOUを作った。今は介護ゼリーの中から出ることはなく、その妻は他界している。
 アンドロイドはテイさんと呼ばれていた。

 テイさんが初めてこのSENTOUに来てアクティベートされた時、オーナーは設定を間違えてしまい一階の受付はスチームサウナとなり、結局アクティベートしたばかりのテイさんが自ら設定を行い煙突の掃除を開始した。
 30メートルほどの煙突に付けられた足場を無視して重力制御足袋にて煙突を掃除するテイさんが下をみるとオーナー夫妻はずっと手を振っていた。
 アンドロイドにお茶を振舞うほどに機械音痴な夫婦は近所でも評判だっただろう。
 
 形から入る性質だったオーナーはテイさんに当時の格好だと言ってハッピとねじり鉢巻きを朝一番につけていた。

「似合ってるじゃないか」
「そうね、可愛いわ」

 どこかずれているこのオーナー夫婦が褒めてくれた鉢巻きのせいで排熱が上手くいかないことがあったが、テイさんはその鉢巻きを仕事中外すことはなかった。
 
 町に一つしかない、煙突から煙があがる。
 もうすぐ最後の一日が始まる。

 オーナー夫妻がいたころは肉声だった「ようこそ」の言葉は合成言語として発券機から吐き出される。
 テイさんはタイムマシンで旧時代に戻ったかのようなガスを使ったボイラー室で湯の設定をして、細々した作業を続けていた。
 SENTOUの運営は赤字で、オーナーは来週にはこの店を閉めることをテイさんに伝えていた。

 その言葉を聴いたテイさんはいつものように何も言わなかった。T型アンドロイドに喋る機能はついていない。
 ただその足でペンキを購入して、壁面の画を新しく書き直した。
 瓶に入ったフルーツ牛乳を新しく購入して、冷蔵庫に入れた。
 ボイラー室で温度設定とガスの調整を行った。

 テイさんはいつも通りの仕事をいつもより丁寧に行っていた。
 
 SENTOUが閉まることをSNSを通じて知った昔の馴染みの客は木製の桶と綿のタオルだけをもってやってきた。
 テイさんは発券機を番台においてその前にたった。

「おい、テイさんそこに発券機置くと、金が払えないよ」

 と白髪交りの男がそういうとテイさんは無言でスチームにワイパーのアタッチメントをつけた右腕を差し出した。
 怪訝な顔で男がそのワイパーにクレジットカードを置くと、テイさんはそれを後ろの発券機に通した。

「ようこそ」

 オーナーの録音された声が響く。
 テイさんはその言葉に合わせて頭を下げていた。
 もちろんその頭には鉢巻きが巻かれている。

 それを見た後ろの客たちもカードを手渡ししてテイさんと挨拶を交わす。
 中にはわざわざ銀行からキャッシュなんてものを多額の手数料を払って持ってくるものもいた。
 皆湯ぶねにつかり口々に昔話をして、新しく描かれた壁面の画を見ていた。 
 瓶のフルーツ牛乳を一気飲んで回収箱に入れる時、わけもわからず泣いているものもいた。
 テイさんは番台からそれを見ていた。

 数時間後

 誰もいなくなったタイルをボロボロのタワシ・アタッチメントを取り付けて、テイさんはピカピカに磨き上げた。
 そして鉢巻きを締め直し、煙突掃除を始める。

 20年前は2時間もあれば終わっていたその作業はいまでは6時間かかっている。
 右腕のスチームが上手く機能できなくなっていたのだ。SENTOUが姿を消し行くこの現代でT型アンドロイドは生産を終了しておりテイさんは古い部品をやりくりしていたが、それも限界だった。

 それでも20年間この煙突に煤が残っていたことはただの一日もない。

 翌日、SENTOUに重機が入り、あっという間に店は解体された。
 30mの煙突もクレーンで取り外されて、工場へ運ばれていく。

 テイさんは朝日を受けるその煙突に煤がついていないことを確認して、自らの主用電源をオフにした。

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