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バトン

 「武田久志先生は、今年で教職から退かれます。最後のお話をきちんと聞きましょう」そんな風に言われると、緊張してセリフが飛んでしまいそうだ。慣れたはずの、体育館の舞台上がいつもと違って見える。新人の頃に戻ったようだ。

 「みなさん、僕は教師として何度となく桜の満開を見たり、卒業生を見送ったりしてきましたが、とうとう自分が送られる立場ですね。不思議な気分です。最後に、どうしても伝えたいことがあります。そのために僕がなぜ教師になったのか、お話しします。。
僕が大学生だった時、日本は太平洋戦争の真っ只中でした。今考えれば終戦間近でしたが、一億玉砕と盛り上がっていた頃でもあり、自分たちに敗北が迫っているとは、考えもしませんでした。追い詰められた政府は学生まで戦争に送り込もうとしました。いわゆる学徒出陣です。僕の学校にも白羽の矢が経ち、とうとう出発の半月前になりました。大学の壮行会で学部長の福本教授が送別の辞を贈ることになったのですが、みんな聞く気はありませんでした。常日頃から、『戦争は間違っている』、『このままでいいのだろうか』、と天皇陛下を批判するようなことを言っていたからです。ですから、壇上に上がった老教授を僕たちに冷ややかな目で見ていました。福本教授はその視線を意に介さず、滔々と話し始めたのです。」

 「もう4半世紀前のことになるが、私はアメリカに留学していた。留学生だった私は町を散歩していたのだが、どこからともなく歓声が沸き起こり、海鳴りのように広がっていった。『終わった!』、『終わった!』誰もが口々に叫び始めたのだ。終わったのだ。災厄と言うべき第一次世界大戦が。人種や国も越えて街中の人々が笑い、抱き合い、そして涙した。平和が再び戻ったのだ。鳥肌が立つような感動に胸を躍らせ、見知らぬ人と頬を濡らし合ったその日を私は決して忘れない。
 だが、あの感動も全ては無駄になった。再び戦争は起こり、諸君は戦場に赴かんとしている。それが決まってから、諸君がどのように過ごすか気になっていた。私はずっと皆の様子を観察していたのだ。結果、この数カ月、学内の雰囲気、講義に臨む緊張感には、いささかの動揺も見られなかった。これは素晴らしいことだ。諸君の勉学に懸ける情熱、確固たる修学心、そして勤勉さに私は敬意を抱いている。心から称賛せずにはいられない。
 それゆえに、諸君が征かねばならぬことを、本当に残念に思う。君たちの大切な時間は殺し合いなどに割かれるべきではない。私は一刻も早く戦争が終わることを願う。そして、一人でも多く復員してくれることが唯一の望みだ。諸君らが赴く戦場は、一切の情が許されぬ冷酷な世界だ。人としての心など失ってしまいそうになるだろう。しかし、自らが兵隊である以前に学生であり、生ある人間であることを心に刻んでおいてほしい。耐えきれないほど辛いことがあったなら、学生生活とそこに集う仲間たちを想えばいい。惰弱とも、臆病とも、柔弱とも罵られてかまわない。何としても生き延びるのだ。そして再び平和が戻ったなら、必ず生きて帰り、学問の世界を、いやこの国を若き力で発展させていってもらいたい。生きて再び会えることだけを私は祈っている。これをはなむけの言葉としたい。」

 「僕がこの言葉にどれほど感銘を受けたことか。福本教授は平和な未来を、生きていく人々を見据えておられたのです。僕はこの言葉に胸を熱くし、教授を誤解していたことを激しく悔いました。そして、この志を何としても継ぎたいと思いました。だから、あの戦争を必死で生き延びたのです。一日でも早く戦争が終わることを祈りながら。そして、戦争が終わり、復員すると、福本教授は職を辞していました。あの送別の辞でおっしゃった言葉が原因となったのです。僕は教授のもとを訪れ、教師になることを誓いました。必ず志を次の世代まで引き継ぐと。その時の教授のお言葉も忘れられません。」

 「あなたの様に志を継ぐ者がいてくれて、私は幸せだ。私の師から押し戴いたバトンをようやく渡すことが出来る。お願いだ。もう二度と戦争など起こしてはいけない。」

 「その日からもう40年が経とうとしています。もはや君たちには、あの時に生きた人々の願いも言葉も、ただの伝聞と成り果てているかもしれません。しかし、そうではありません。それら言葉の数々は時代を生きた人々の血を吐くような思いそのものなのです。僕の友人でも戦地から帰れない者がたくさんいました。僕には彼らの分も君たちに伝える義務があるのです。
決して流されてはなりません。ただの人形になってはいけません。人々が、他者に、より大きなものに、周囲の雰囲気に、流され、自ら考えることを放棄した時に戦争は起きるのです。自己を確立してください。他人と自分が違うのは当たり前です。主張に反駁されることを恐れてはいけません。反発し、対立し合う人たちとは議論し、互いの立場や意見を理解し合えばいいのです。しかし、それには自らの意見を持ち、的確に理性的に相手を分析できなければなりません。僕たちは一度それに失敗しました。奪うことを是とし、考えることを放棄し、戦争へと向かったのです。
『自らの頭で考えるという人間性を放棄しないでください。』これが君たちに伝えたい、たったひとつの言葉です。」

 割れんばかりの拍手に包まれながら想う。この中でどれほどの人が惰性で手を叩いているのだろう。流されるままに。しかし、たった一人でも本気で受け止めてくれるなら、それで満足だ。福本さん、あなたの遺志を伝え続けました。そろそろ若者にバトンを渡すべき時です。遠からずあなたの元に向かうでしょう。その時には一緒に見守りましょう。次の走者たちが進む道のりを。

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