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猫がいない

 上崎涼子は、ソワソワしていた。
 自分の部屋グルグルと歩きまわっている。
 部屋は1DKの洋室でキッチン・トイレ・お風呂のあるマンション。
 マンションといっても広さは8帖ぐらいで、外から見たら築何十年とすぐに分かる建物である。
 しかし、一人暮らしの涼子にとっては丁度よかった。
 その小さい部屋をグルグルと周っている。

 猫のミッシェルがいない。

 涼子の頭の中には、その事でいっぱいだった。
 中古で買ったベッドの下・あまり服が無い洋服ダンスの中・使っていないキッチンなどを見たがいない。

「どこにいったんだろう。ミッシェル」

 涼子は何度目かの溜息をついた。
 フリーのイラストレイターの仕事をしていた。そのため自分の住んでる家が同時に仕事場になる。
 涼子自身は仕事が出来れば、特に部屋には拘ってなかった。見た目がおんぼろのマンションでも気にしなかった。
 しかし、一つだけ拘っていた事があった。
 ペットが飼える事だった。そのため不動産屋を何件を周ってやっと今の住んでるマンションに決めた。
 そしてペットの猫のミッシェルと住み始めた。
 ミッシェルは全身が茶色だけど所々に黒い丸い点が所々にある雌猫である。
 涼子は基本はミッシェルを放し飼いにしており、ミッシェルは部屋でゴロゴロして気が向いたら外へ飛び出して外に遊びに行っている。
 夕方頃には帰って来て一緒に夕食を取る。それが毎日のサイクルとなっていた。
 涼子の仕事の内容もミッシェルの影響で猫の絵になる事が多いが、シャープでリアリティがあるという事で仕事の依頼が舞い込んでくる。
 そのためミッシェルには高級缶詰を毎回、出している。とうのミッシェルは当たり前の様に食べているが。
 そのミッシェルが、3日間帰ってこない。
 最初は猫だから、気まぐれもあるだろうと思ったが、2日目になると心配になり仕事も進まず、外を探したが見つからず、3日目になるともうミッシェルの事で頭が一杯で部屋にいるのではないかと探していた。

「まさか、誘拐!!交通事故!!殺人!」

 頭の中で妄想だけが膨らんでいったが、3日目の夕方にひょっこり帰ってきて何事もなかったようミャーと餌を要求してきた。
 涼子はミッシェルを見て、安堵と感激で泣きながら抱きしめて高級缶詰を大量に出した。
 その後は手に着けていない仕事、徹夜をかけてた。
 数日は夕方に帰って来るがまた帰ってこない時があった。その時も慌てたが何事もなかったように帰って来た。そのうちに涼子も慣れて仕事にも集中できるようになった。



「涼子、元気にしてる?」

 突然の電話だった。

「う・うん」

 涼子はその言葉の返事を詰めながら答えた。

「そっか。それなら......」

 男性の声だった。その男性の声も詰まっている。

「正雄。何の用?」

 気まずい雰囲気を突き崩すように涼子は言う。

「いや、ミッシェルがな」
「ミッシェルがどうしたの?」

 涼子は苛立った。昔から優柔不断な所があった。
 電話の相手の名は藤岡正雄。涼子の昔の恋人である。
 涼子の仕事のイラストを提供している会社の営業マンで涼子がその会社の打合せで偶然に出会いその優しいのに惹かれて何回かの打合せとデートを経て同棲までいったが、段々と優しさは優柔不断に見えてきて些細な喧嘩で一方的に涼子から別れた。

「ミッシェルがたまに来るんだよ。どうしたらい?」
「ミッシェルが?」

 涼子は頭の中でミッシェルの経緯を考えた。同棲する時に記念に猫を買った。しかし別れる時にミッシェルが涼子に方に懐いてたために涼子が強引に引き取った。
 なぜミッシェルが正雄の住んでる所に行ってるのか分からなかった。ただ、懐かしんで行ったのか?

「どうしたらいいって、自分で考えればいいじゃん」

 勢いよく電話を切った。机に向かい仕事をし始めたが、正雄の所にミッシェルがいる事で頭に血が上っていたとはいえ強引に電話を切った事を考え始めた。

「私が悪い」

 しかし、今更ゴメンの電話も言いきれず、仕方なく仕事を進めていた。電話があった次の日の夕方には、ミッシェルはいつも通りに帰って来た。

 ただ違っていたのは、いい匂いがして毛並みに艶が掛かっていた。

「正雄はまさかペットショップで」

 正雄ならやりそうな事だと考えた。ミッシェルに対する優しさだろう。
 涼子は急に恥ずかしくなった。涼子は正雄の優しさに甘えて、いつの間にか優柔不断に見えていたのではないかと。
 涼子は、慌てて電話の方に向かう。ミッシェルはミャーと鳴きエサを要求していた。

「ミッシェル。あなたがいない間私の気持ちを考え直させようとしたのかね。どちらにしてもそれは余計な長世話と言うんだよ」

 涼子はそう言い正雄に謝りの言葉を考えながら電話のボタンを押す。
 ミッシェルは相変わらずミャーと鳴いていた。

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