旧祭り | 文字数: 2670 | コメント: 0

タイムマシンの罠

『タイムマシンは完成した瞬間に、必ず破壊される』

 あたしは父さんが嫌いだった。父さんは物理学者で、頭がいいくせに夢がなかった。あたしは小さいころから生意気で、おしゃべりをしているといつも議論になった。父さんはタイムマシンについて語るのが好きで、だけどタイムマシンの実用化は無理だと信じていた。

 父さんの言い分はこうだ。タイムマシンは危険だから、“どの時代にも”それを破壊する動機を持つ者がいる。アンチタイムマシン派は、過去改変を禁止するためにあらゆる手を打つだろう。そして彼らはこう考える。

『過去改変を防ぐためには、原初のタイムマシンを破壊し、マシンを歴史上から抹殺するしかない』

 そして刺客が過去に送られる。彼らが狙うのはマシンが完成するその瞬間、過去改変が可能になったそのときだ。

「あたしがマシンを作ったら、壊されないように罠を仕込むけどね」

 父さんはくっくと笑った。

「まぁ聞け。考えてみろ、お前がマシンを開発する。未来から刺客がやってきて、罠にはまる。それで?」

「あたしは悠々と、タイムトラベルを開始する」

「そうは問屋が卸さない。別の刺客がやってくるからだ。最初の刺客が2031年に来たとしよう、こいつを倒したらきっと、32年からも敵が来る」

「そいつも罠にはめればいい」

「そしたら33年からも、34年からも来る」

「全部倒せばいい」

 父さんは首を振った。勝ち誇ったような髭面が憎らしかった。顎の下をそり残してる。おおかたまた、髭剃りの途中で何か思いついて剃り忘れたのだ。

「お前が刺客を倒すたび、敵は増えるんだ。なぜって『タイムマシンがある限り、過去改変のチャンスは残る』『チャンスがある限り、敵は刺客を送り続ける』そして『敵は一人じゃない』過去を変えられたくない人間はごまんといるからな」

「それなら、マシンを守る勢力もいるはずでしょ?」

「もちろん。2030年から来た仲間が2031年の刺客を倒してくれるかもしれない。32年から来た仲間が、33年から来た刺客を倒す。でも結末は決まっている。このゲームは攻撃側の必勝なんだ。勝つまで攻められるから。考えてもみろ、2100年から刺客が来たら、俺たちに勝ち目はあるか?」

「そんなのぜったいおかしい」

 そんな話をしたのは、25年も前のこと、あたしが中学生の頃だったと思う。反論が思いつかなくて悔しかった。ぜったいいつか言い負かしてやる。そう思っていたのに、それはかなわなずじまいになった。



 20年前、2025年1月20日の夜半。研究室から帰宅しようとしていた父は、線路脇の路上で殺された。腹部を一突き。警察は通り魔の犯行ではないかと言ったが、そうは思えなかった。母には考え過ぎだとたしなめられたけれど、納得できない。

 だから、造った。

 カプセル型のタイムマシン。組み立てはほぼ終わっていて、電源を投入すれば、時間遡行と過去改変が可能になる。父が死ぬ以前に戻って、あの惨劇を防ぐ。時間遡行はできるとわかっていた。父が時空構造について書いた論文の中に、ヒントがあったから。

 問題は、反タイムマシン勢力だ。

 タイムマシンの制作を決意してから、ずっと考え続けてきた。父の言うとおり、未来から刺客がやってくるとして、それをどう防ぐ? 刺客に殺されるわけにはいかない。だけど、刺客を殺せば別の刺客がやってくる。

 彼らは別々の未来からやってくるが、同じ瞬間、「タイムマシンが完成した瞬間」に現れる。一人二人倒しただけではだめだ。というか、爆弾でも投げ込まれればそれで終わり。奴らはマシンを破壊すれば勝ち。こちらに勝算はない。父さんの言う通りだ。どうすればいい?

 アイデアが、一つだけあった。とんでもなく馬鹿げたやり方で、父さんに言ったらぜったいに笑われただろう。うまくいかない可能性も高い。だけどそれしか思いつかなかったし、それを進めてしまったから、もう、他の策を取る時間も資源もない。

 地下の研究室を出て、大学の屋上に登る。眼下に公園を見下ろすことができた。真夜中だ。公園の灯りは一つ残らず消えていて、満天の星空は、真っ黒なビルのシュルエットに切り取られている。風の中にうっすらと、落ち葉を燃やしたときのような匂いがする。
 
 万全を期した。とはいうものの、やはり不安が胸を締め付ける。マシンを完成させることに怖気づいて、意味もなく大学内をうろついた。人っ子一人いない。一人くらいは残っているのではないかとくまなく探したけれども、どこも無人だった。電話をかける相手はなく、メールをくれる友もいない。

 大丈夫、大丈夫だ。

 カプセル型のタイムマシンの前に戻って、呼吸を整える。あたしはきちんとやった。徹底的に、完ぺきに。そう、人類史上で誰もやったことがないくらい、完ぺきに。

 最後の部品をはめ込み、電源を投入する。完成だ――――思わず目を閉じる。

 1秒、2秒、3秒。唸るような機械音と、熱っぽい金属臭。それだけだ。刺客はいない、爆発だって起こらない。平穏そのもの。カプセルの中に入り、遡行先を指定する。父が殺される一時間前、父の研究室へ。

 扉が閉まり、気密され、突き上げるような振動が起こって、辺りに青い光が満ちる――

 突然静かになった。

 恐る恐るマシンの扉を開ける。

 目の前に、驚いた表情の髭面があった。父だ。研究室の中、ホログラフ化された資料に取り囲まれて、呆然と突っ立っている。

「やったんだ」心の底から言葉が溢れてきた。「間違ってなかった! これが正解だったんだ、これが正解だった!」

「どちら様?」困惑した表情で父が言う。

「あたしだよ父さん! やったんだ、タイムマシンで会いに来たんだよ!」

「お前……なのか? だけどどうして、どうやって? マシンを作れたのか? どうやって」

「簡単だった。簡単なことだったんだよ。あたしたちは見落としてたんだ。『タイムマシンは必ず破壊される』っていう命題には隠れた前提があったんだ」

「隠れた前提?」

「正しくはこう!」歓喜のあまり、あたしは叫んだ。

「タイムマシンは必ず破壊される。タイムマシンの完成以降、人類が存在する限り!」

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